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2009/09/05

レッジョ編vol.5【ジャポネーゼにとても優しい二人の守護神】

カンパニョーロとは2007年遠征以来のお付き合い。私と板貫さんの見分けがつかない選手が多い中、最初から私と板貫さんを個別に認識できていた偉い人である(これは恐らく「体張って俺の車を止めた女」として板貫さんが彼の記憶に強烈にインプットされたため)。
カンパニョーロと言われて私が最初に思い浮かべるイメージは、短くなったタバコを親指と人差し指の間に挟んで最後までしぶとく吸っている姿。これがまた様になっていてカッコイイのだ。(笑)
いつも飄々としていていて、ちょっとニヒルな雰囲気を漂わせていたカンパが、私を見るなり笑顔をスパークさせた。怖いくらいの愛想の良さで「チャオ、チャオ~」と顔の横で小刻みに手を振りながらイタリア語でベラベラと話しかけてくる。

ど、どうした、カンパ?キャラ変えたのか!?

それでもカメラを向けた瞬間だけはニヒルな彼に戻った。やはり自分のイメージは大事?

ラコステはやめましょう

この写真を見た板貫さんが一言。
「ラコステかよ・・・」
ランザーロもたまにラコステを着ているんだけどさ、やっぱラコステは休日にゴルフに行くお父さんのイメージだよね。ジョカトーレが着ちゃいけないと思うんだけど。

カンパは写真を撮った後もイタリア語でたくさん話しかけてきた。彼は私がイタリア語を話さないことを知っている。だからレスを期待せずに一方的に笑顔で話し続ける。最後は再び顔の横で小刻みに手を振りながら「チャオ、チャオ~」と駐車場に向かっていった。駐車場から戻ってくると私の前で車を止めて、もう一度顔の横で小刻みに手を振りながら「チャオ、チャオ~」と笑顔をスパークさせる。
思いがけないカンパの大歓迎振りにイタリアに来てからゼロ以下に下がりきっていた私のテンションが一気にプラスに浮上した。



翌水曜日も同じように顔の横で小刻みに手を振りながら「チャオ、チャオ~」と門から出てきたカンパ(やたらと遅い時間に出てきた)。どうやらカンパは「チャオ、チャオ~」の次に「俺の日本のお友達」と呼びかけてくれているらしい。私が聞き取れたのは「アミーカ」と「ジャポーネ」くらいなのだが、昨日も今日もカンパが帰った直後に周囲の地元民から「カンパは君のアミーゴなのか?そうなのか?」とか「あなたカンパのアミーカなの?」と問い詰められたので多分そういうことなのだと思う。

いえ、ただのファンです。友達だなんて言ってもらえて恐縮です。

因みに毎日カルモナが私の元に走ってきても、私とカルモナの関係を気にする人は一人もいなかった。カルモナが実年齢よりも幼く見えるお子ちゃまなので「チリの小僧がジャポネーゼに懐いているな」くらいにしか思わなかったのだろう。一方、もう一人私から手紙を貰ったウルグアイ人とは「あの二人、何かあるのか?」とレッジョの民が騒然となったのだけど。

おっと、カンパに話を戻そう。
この日私はユニではなく去年撮った写真にサインしてもらう方を優先してしまった。その写真を指さしながら、またいろいろと話しかけてくるカンパ。全然わからなかったけど、ひたすらニコニコして耳を傾けた。私が理解していないことはカンパも承知している。それでもカンパは話したかったのだ。
今季カンパは怪我で離脱している間に第2GKのプッジョーニにポジションを奪われてしまった。怪我が完治してもスタメン復帰どころかベンチ入りメンバーからも外された。恐らくレッジーナとの契約が6月で切れることも彼の起用に影響を与えていたのだろう。カンパはレッジョに残ることを希望しているけど、クラブは契約更新する気はないように見えた。貧乏クラブの常として、より安い給料で賄えるより若い選手に切り替えるつもりに違いない。そんな微妙な立場のカンパにはレッジョの民もどう接していいのか困るみたいで、みんな挨拶はするもののそれ以上(サインや写真)を求める人は少なかった。いや、私くらいしかいなかった。きっとカンパは寂しかったんだろうな。だから、言葉の通じない私相手にしゃべり続けていたんだろうなと。話し相手になれなくて本当に申し訳ない。こんなときこそ板貫さんがいてくれたら良かったのに・・・。



木曜日、金曜日はタイミングが悪くて会えず、ユニにサインを貰えなかった。



土曜日の午前練習は途中から豪雨になった。この日だけは非公開練習だったため、私は一番手前にあるプリマヴェーラちゃんの練習グランド前に設置したバリケードのところでミケーレと相合傘で立っていた。そこに召集メンバーに入らなかったカンパがかなり早い時間に引き上げてきたのだが、カンパは笑顔で手を振ってくれたものの車を止めずに走り過ぎてしまった。最後のホーム戦なのに召集メンバーに入れなかった落胆からか、火曜、水曜みたいな弾けた笑顔ではなかった。
ペリッツォーリがシベリア送りになった後から、ずっとレッジーナのゴールマウスを守り続けてくれたのに。数々のスーパーセーブで何度もチームを救ってくれたのに・・・。怪我さえなければ来季の去就はともかく最後まで守護神でいられたんだろうか。本当に厳しい世界だなと思う。
というわけで、今季のユニにカンパのサインを貰えていない。カターニアまで貰いに行こうか・・・。

☆ 森本君の番記者の皆様へ ☆
森本君の記事を書くついでに私のためにカンパニョーロ情報をお願いします。『今週のカンパなんていうコーナーを作ってくださると非常にありがたいのですが。ダメですか?



2007年遠征で私と板貫さんはプッジョーニとバリッラの区別がつかなかった。

■2007年のプッジョーニ
当時は26歳でした。

■2007年のバリッラ
当時は19歳でした。

今見ると全然似てないじゃん・・・。当時二人とも控えでほとんど試合に出ていなかったから印象が薄かったのと、妙に人懐こい笑顔が共通していたからだろうか。うーん、自分でもようわからん。
今年の遠征ではもちろん完璧に判別できた。何故なら2年経っても小僧のままのバリッラと違い、プッジョーニはすっかりオッサンになっていたから。

この写真は28歳です。

そんなに変わっていないように見えるかもしれないけど、生で見るとお肌の張りが違うのよ。イタリア人は年をとるのが早いと思う。どんなイケメンでも25歳くらいから急激に劣化が始まるというのが私たち(セリエのブログ仲間の皆様と遠征仲間の皆様)の見解。



水曜日はミーティング後に選手が束になって出てきたので逃した。



木曜日にユニにサインを貰いに行くと、満面の笑みで「チャオ」と挨拶してくれた。この人はGKなので当然背が高く(187cm)、至近距離で話そうと思うと私が思い切り上を見上げるか、向こうが身を屈めないといけない。別に少し離れて話せばいいのだが、この人は間合いを詰めてくる人なのだ。で、どうしたかというと後者。いつもプッジョーニは軽く屈んで私と視線の高さを合わせてくれた。まるで小さな子どもを相手にするみたいにムチャクチャ優しい笑顔で目を覗き込んできて、私の下手糞なイタリア語に付き合ってくれるのだ。なんだろう、彼が醸しだすこの安心感。彼の胸に飛び込んでいって甘えたくなるこの感覚。

私がイメージする 理想の父親像 に完璧に合致する。

イタリアに来る直前の第34節ボローニャ戦、コスタが接触プレーから地面に叩きつけられ意識を失った際にGKグローブを投げ捨てていち早く応急措置に加わった頼もしい姿が余計そういうイメージに拍車をかけたのかもしれない。
サインを貰ってお礼を言うと、目じりを皺だらけにして「プレーゴ」とニッコリ微笑んでくれる。ああ、プッジョーニの子どもが羨ましい。



金曜日は2007年に撮った写真にサインしてもらおうと思って「チャオ~♪」と声をかけた。しかし、ミニアルバムの中をいくら探してもプッジョーニの写真が見当たらない。

持ってくるのを忘れたらしい。(ノ゜⊿゜)ノ

うひゃ~、呼び止めたのにサインしてもらうブツがないなんて、ど、ど、どうしよう~。
とりあえず一生懸命単語を並べて2007年に撮った彼の写真を持ってくるのを忘れたことを伝えようと試みる。どう考えても通じるわけのない超デタラメな私のイタリア語に根気強く耳を傾けてくれるプッジョーニ。ダメだ、全然文章にならない。途中でイタリア語を諦めた私は、突然英語に切り替えた。英語は分からないみたいだったけど、アルバムを開いて焦りまくっていたので、なんとなく状況は理解できたのだろう。プッジョーニはアイム・ソーリーと繰り返す私の背中に手を回し、「気にしないで」というふうにニッコリ微笑んだ。本当にすっごい優しい人。ああ、プッジョーニの子どもになりたい。←無理だから



土曜日は入り待ちしたときにレッジーナの公式キャップにサインしてもらった。これはヤス君とわらぴーさんへのお土産で、誰でもいいから来た順にサインしてもらおうと決めていて、たまたま最初に来たのがプッジョーニだったのだ。もう彼の優しさに甘えきっている私は「今日はここにサインして~」と無謀にも日本語で話しかける。(爆)
まあペンとブツを差し出せばサインが欲しいのは一目瞭然なので、プッジョーニは特に戸惑った様子もなくキャップの小さな空きスペースに丁寧にサインしてくれた。「グラッチェ」とお礼を言うと、また屈みこんで「プレーゴ」とニッコリ微笑んでくれる。いつでもどこでも「俺に話しかけてくれてありがとう」というウエルカムな雰囲気を全身から漂わせている人だった。

ああ、プッジョーニの子どもになりた~い!←だから無理だって

次の遠征でも理想のお父さんプッジョーニに会うのを楽しみにしていたのに、まさかピアチェンツァへ移籍してしまうなんて・・・。

南イタリア遠征記2009 | Comments(0) | Trackback(0)
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