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2009/01/24

七日目④:アモルーゾの笑顔の陰にある疲労と怯え

カルチョ2002(2007年11・12月合併号)のアモルーゾのインタビュー記事『生涯アマラント宣言』のページを広げたまま、いつアモルーゾが出てくるかとワクワクしながら待っていた。今年はアモルーゾにこれを持たせて写真を撮り、またカルチョ2002編集部に投稿するつもりだった。
日本の雑誌を珍しがって覗き込んでくるファンの人たちにその記事を見せてあげると、「それいつの記事だよ?古いんだろ?」と冷めた反応。確かに古い。発行日は去年の11月1日だ。
「アモルーゾは6月に出て行く。その記事はとうの昔に終わった話だよ」(正確には“死んだ話”と言われた)
予想もしなかったショッキングな事実を伝えられ、思い切り動揺する私。
「どこのクラブへ行くの?」と板貫さんが尋ねると「さあね。彼だけが知っている。聞いてみれば?」とおじさんサポが返してきた。「よし!じゃあ聞いてみる!」と答える板貫さんに皆が目を見張る。そこですかさず「嘘だよん」と笑いを取るところが、さすが板貫さんである。
しかし私は笑うことが出来ずに凍り付いていた。どうやらファンの間では、アモルーゾが6月に出て行くという説は規定路線らしい。1月に移籍志願したときにクラブから説得され、とりあえず今季終了までは残るということで合意したという記事は本当だったんだ・・・。

そこにアモルーゾが出てきた。今までアモルーゾの前で緊張などしたことのない私の心臓が激しく波打っている。
去年の夏「レッジーナでキャリアを終える」と宣言し、2010年まで契約延長したアモルーゾだったが、来季も残ると信じている人はサンタガタには一人もいない。期待させた分だけ落胆も大きいのだろう。去年のラブラブモードとは一転、今年はファンとアモルーゾの間には微妙な空気が流れていた。もちろん今年もアモルーゾにファンサを求める人たちは大勢いて、未だに一二を争う人気であることは間違いないけど、やはり去年とは何かが違う。
「どうせいなくなるんでしょ?」
そういうファンの冷めた感覚が嫌でも伝わってくるし、繊細なアモルーゾもそういう空気を敏感に感じ取っているのが分かる。それでもファンに誠心誠意尽くしている姿が痛々しくて見ているのが辛かった。いつものように笑顔を絶やさない。でも、その笑顔の影には疲労と怯えが垣間見られた。そう、アモルーゾは怯えている。ストレートなレッジョの民のことだ。今まで大勢の人が来季の去就について答えを迫ったに違いない。

昨日アモルーゾがファンサをしないで帰ってしまった理由がこのとき分かった気がした。昨日の小学生のちびっ子たちがプレスルームに来て欲しかった選手はアモルーゾだったはずだ。それはあの子たちが練習中にアモルーゾの名前をコールし続けていたことからも明らかだ。でもアモルーゾは子どもたちに「ずっとレッジョにいて!」と懇願されるのが恐かったのだろう。正直がモットーな人だから、いい加減な嘘をつくわけにもいかない。だから誰にもファンサしないで帰ってしまったのだと思う。(どうやって誰にも気付かれずに帰ったのかは、後日秘密のルートを発見。その話はまた別のところで。)

「私1月にエンポリ戦を観に行ったんですよ。貴方に会うことを楽しみにしていたのに、会えなくてとても残念でした。」
そう言って涙の一つでも見せてアモルーゾをうんと困らせてやるつもりだった。でも、そんなこと言えない。口が裂けても言えない。
手にしていたカルチョ2002をそっとバッグの中にしまい込む。これを持たせて写真を撮るなんて出来ないよ。そんなことしたら、もの凄く嫌味じゃない。
いや、頼めば絶対に笑顔で応じてくれる。そういう人だということはわかっている。だからこそ出来ない。あまりにも空気読まなさすぎだもん。きっと彼はもう十分に苦しんだ。これ以上困らせちゃいけないよね・・・。
「自業自得」という言葉が一瞬頭をよぎる。そう、期待させて裏切って自分で自分の首を絞めて、結局は自業自得なんだろうけど、そんな言葉で片付けてしまうにはアモルーゾがレッジョに残した足跡は大きすぎて・・・。

そんなわけで、今日は2ショットだけお願いした。いつものとおり優しくしてくれるけど私自身のテンションが異常に低くて、撮り終わるとお礼を言ってすぐにアモルーゾの傍から離れた。デジカメのモニターを見ると、この日の気分を象徴するように私は思い切り目を瞑っていて、しかも私の顔が日陰になっちゃって暗く写っている。

翌日もう一回2ショット撮りました

「別の日に撮り直しましょう!」と励ましてくれる板貫さん。そして「せっかく持ってきたんだから、お嬢ちゃんへのお土産だけでも渡しましょうよ!」と背中を押してくれる。板貫さんに促されなかったら、この日も重いキティちゃんグッズを持ち帰っていたことだろう。
気を取り直してアモルーゾが車に乗り込む前にもう一度捕まえた。(今年は駐車場にではなく路駐していた)
「何度も邪魔してすみません。日本から来ました。これはお嬢さんへのプレゼントです」
英語でそういうとアモルーゾも英語で返してきた。
「ご親切にありがとうございます」
去年も英語を話す日本人が娘にプレゼントを持ってきてくれたことを覚えている感じだった。自分じゃなくて娘にプレゼント持ってくる外国人のファンなんて珍しいから覚えていてくれても不思議じゃないけど。
最後にアモルーゾがもう1回“Thank you so much!”と微笑み、そして、例の氷のように冷たい手を向こうから差し出して握手してくれて、ちょっとだけ気分が浮上してきた。

今年のアモルーゾはBMW X-5には乗っていなかった。ちょっと前のレッジーナ公式の新Q&Aで今乗っている車はポルシェのカイエンと答えていたけれど、この日は普通の大衆車に乗っていた。ポルシェは修理にでも出しているのかな?
因みに小物チェッカーの板貫さんによると、アモルーゾの穿いているジーンズはディースク(DSQUARED)のもので5万円以上するらしい。シャツは胸元よりちょっと下のところにイニシャルが刺繍されていて、一目でオーダーメイドと分かるものだった。
※最初アモルーゾのジーンズをディーゼルと書きましたが、はい、いつもの私の聞き間違えでした。ご指摘感謝です相棒殿。ですよねー、ディーゼルのジーンズがそんなに高いわけないですよねー(笑)

フィレンツェ出身コンビの楽しいエピソードは、この深刻な内容のエントリーに一緒には書けないので、また今度。

南イタリア遠征記2008 | Comments(1) | Trackback(0)
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