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2007/10/22

CALCIO2002アモルーゾインタビュー記事『生涯アマラント宣言』

現在発売されているCALCIO2002の2002年11・12月合併号にアモルーゾのインタビュー記事『生涯アマラント宣言』が載っていました。横顔の写真がヤバイくらいステキです
もちろんもう1冊購入してアモルーゾに持っていきます。ついでに雑誌を掲げている写真をまた撮らせてもらいます。だって本人楽しそうだったし。(笑)

今月号の表紙

まずはサッカー以外の話題から。
この記事、今まで私が抱えていた2つの疑問に対する答えが載っていて超嬉しかったです。何が疑問だったかというと、、、

疑問その1「アモルーゾは何人兄弟なのか」
デルピエロの奥様ソニア・アモルーゾさんではない本当の妹がいること(この記事の冒頭でも否定していて笑えました)、ジョカトーレの弟が2人いることは知っていたのですが、それ以外にまだいるのかどうか調べても出てこなかったんですよ。
で、まだいました。末っ子の弟が。テニスプレーヤーみたいですね。男兄弟全員がアスリートって凄い!
5人兄弟の長男ですか。どうりで責任感が強くて若手の面倒見がいいわけだ。妙に納得してしまいました。

疑問その2「奥様との馴れ初めは?」
奥様がナポリ出身だということは突き止めていたので、ナポリでプレーしている時に知り合ったのだろうと勝手に想像していましたが、これは当たっていました。その通りでした。当時奥様の家の一室を間借りしていて、それが恋愛に発展して結婚に至ったそうです。なんかアモルーゾらしいなあ。これも妙に納得。(笑)
何と奥様は弁護士さんだそうで。アモルーゾの性格からしてタレントさんとかモデルさんは無いだろうなと予想していましたが、弁護士というのは予想外でした。才女がお好きなのね。
実は私、奥様(金髪の美人さん)のことは映像で見たことがあります。アモルーゾは05-06シーズン終了後に結婚しているのですが、その結婚式の映像(ライスシャワーを浴びて周りから祝福の言葉を受けているところ)をYouTubeで発見しまして、うちのブログでも紹介しました。デレデレしているアモルーゾがツボにはまったのでブックマークしておいたのに、しばらくしら削除されてしまいまして・・・。あれは本人から苦情が行ったのかしら。もしかしてYouTubeで自分のプレーを検索して見てる人?(笑)

奥様絡みで面白かったエピソードがもう一つ。アモルーゾはもう一人女の子が欲しいんだそうです(現在娘が二人)。「そうなったら“ハーレム状態”だ」って、あなた。(笑)
へえ~、女の子が好きなんですね。サッカー選手は職場が男だらけだから、家にいる時くらいは女性に囲まれていたいんでしょうか。
だけど、もう一人子どもをもうけることに関して奥様は乗り気じゃないそうです。まあ仕事を持っている女性ですから気持ちは分かります。で、アモルーゾは「でも、僕がそう簡単に諦めるタイプの人間じゃないことを知るべきだね」なんて言っているんですよ。毎晩「子どもつくろうよー」と奥様に迫っているのかしら。ああ、ダメだ。18禁の妄想が止まらん。(爆)

あと家族のエピソードでは、お父様がいつも「お前の目の中には幸せが詰まっている」と励ましてくれたというのが印象的でした。
そうなんだ、あの目の中には幸せが詰まっていたのか。いや、私はですね、アモルーゾの目はどんなに笑っていても何処となく寂しそうに見えて、ちょっと幸薄い感じがするところが気になって仕方ないんですけど。「どうか幸せなサッカー人生を全う出来ますように」と祈らずにはいられないというか。実際ここまで浮き沈みが激しかったわけだし。って、こんなこと聞いたらアモルーゾのお父様が激怒しそうだ。(笑)

ここから先はサッカーの話題。たくさん引用すると著作権に引っかかるので、私にとって興味深かったところだけを適当にかいつまんで。

14歳でサンプドリアへ入団したときは、初めて親元を離れて辛かったそうです。で、いかにもアモルーゾらしいのが、サッカーの練習がないときは学校の勉強に集中して、無事に理系の高校を卒業して家族を喜ばせたというところでして。
いや、アモルーゾってあまりにも非の打ち所のない優等生じゃないですか。ですから私、正直に申し上げますと「作り物臭い」というか「もしかして演技なんじゃないか」と疑ってしまう部分もあったのですよ。ずっとレッジョにいたいから頑張って「いい人」を演じているのかなと。だけど、あの性格は持って生まれたものみたいですね。子どもの頃から周囲の期待に一生懸命応えようとする「いい子ちゃん」だったんですね。疑ってゴメンよ、アモルーゾ。

19歳でサンプでデビューしたときに指揮を執っていたのが現マンチェスター・シティのエリクソン監督、パートナーを組んでいたのが現インテルのマンチーニ監督だったんですね。へーへーへー。

96-97シーズンにユヴェントスに入団。97-98シーズン開幕前は当時の指揮官だったリッピ監督に「二コーラ、これからはお前がレギュラーだ」と言われたのに、開幕3試合目に足首と膝の十字靭帯の怪我で離脱。1年後に復帰した時には居場所はなくなっていたそうです。この怪我がなければ違ったサッカー人生を送っていたのかも知れません。あんな流浪の旅を続けなくてもよかったのかも・・・。

2005年夏のメルカートの土壇場でレッジーナ行きが決まった時のことは(実際にやってきたのは10月)「残り物には福がある」と表現しておりました。それはレッジーナサイドも同じ気持ちだったと思います。よくこんな優秀なFWが残っていてくれたものだと。(笑)

あとですね、ちょっと突っ込み入れたいのはパルマ移籍騒動のことでして。
最初からレッジョに残るつもりだったみたいなこと言ってますけど、本当はものすごい葛藤があったのではないかなと。まあ背後のドロドロはこういうところでは語らないでしょうけど。
この件については記事を書こう書こうと思いつつ、ずっとタイミングを逃してきたので、ちょうどいいから長くなるけど今書いちゃいます。

パレルモ移籍騒動の時からフォーティ会長は「アモルーゾ残留宣言」をしていましたよね。会長はアモルーゾを売る気はなかったはずなんです。アモルーゾもヴァカンスの最中まではレッジーナと2010年まで契約延長したくて会長と話し合いを重ねていました。で、お互いに契約内容で合意して後はサインするだけになったのに、新シーズンが始動してもアモルーゾはサインせず、パルマが移籍話を持ちかけてきたら会長がアモルーゾに300万ユーロの値段をつけた・・・。変ですよね。会長も売る気がない、アモルーゾも出て行く気がないなら、「売り物ではありません」で済む話なのに。私はアモルーゾがパルマ行きを本気で考えていたのだと思っています。なぜ急に出て行く気になったのか。それは「夢から覚めた」のではないかと・・・。
どういうことかというと、アモルーゾはマッツァーリ体制の2年目にやってきましたから、優秀な監督に率いられ乏しい戦力でも魅力的なサッカーをする幸せなレッジーナしか経験していません。特に昨季はペナルティーを負いながらも奇跡の残留を果たし、町は歓喜の熱狂の渦の中にあって、アモルーゾ自身もシーズンが終了した後もずっと熱に浮かされたような状態にあったと想像します。それがヴァカンスが終わってチームに合流したら、そこで会ったのは全くの無名の若手監督、下のカテゴリーから来た全くの無名のチームメイトたち、それと多くの外国人選手。コミュニケーションさえままならないチーム状況を見て、「本当にここに残っていいのか」という迷いが出てきたのではないかと。今季のレッジーナは自分が2年間過ごしたレッジーナとは全くの別物だという現実を前にして、一気に夢から覚めたのではないかと。
そこにちょうどパルマから移籍話が来た(他の幾つかのクラブからも興味を持たれました)。アモルーゾは会長に出て行きたいと告げたけど、売りたくない会長は300万ユーロという33歳目前の選手には有り得ない高額の移籍金を設定した。その値段ならパルマも他のクラブも諦めると思って。で、実際にパルマも他の幾つかのクラブも足踏み状態に突入。
その頃イタリアのニュースサイトではアモルーゾが会長に移籍金をもっと下げてくれとお願いしているという記事が出ていました。「こんなのガセだー!」と当時は信じませんでしたけど。でも泣きながら読んでました。(笑)
パルマの会長も「アモルーゾはあんなにパルマに来たがっているのに、フォーティ会長の妨害のせいでパルマに来られない」とコメントしていましたっけ。この記事も「ガセだー!」と叫びつつ、泣きながら読んでましたけど。(笑)
そして、パルマとの移籍話がまとまらないまま時間だけが過ぎて、ブルッソン合宿もスポレート合宿も終わり、ついにファンへの新チームお披露目のイベントの日(8月18日)になってしまいます。とにかく、このイベントまで移籍させないで引っ張れば、あとは何とかなるとフォーティ会長は踏んでいたんじゃないでしょうか。ファンと対面させちゃえば、アモルーゾは絶対にファンを見捨てることは出来ないと。事実、このイベントでファンの大歓声を受け、自分がどんなにレッジョのファンに愛されているかを再確認して、この日を境にアモルーゾに笑顔が戻ってきました。合宿中はずっと浮かない顔の写真しかなかったのに。フォーティ会長もこの日を境に「アモルーゾは売らない!」と再びアピールし始めます。アモルーゾの気持ちが残留に再び傾いたという手応えをつかんだのではないかなと。
このままどのクラブもアモルーゾに手を出せないでメルカートが閉まるかと思われた8月23日、思いがけないクラブが300万ユーロ相当のオファーを出してきました。パルマでもラツィオでもトリノでもなく、それはカリアリでした。
Reggina: se Amoruso va a Cagliari arriva Bogdani
なんでカリアリにそんな金があるんだろうとビックリしましたが、よく考えたらあそこはスアソをインテルに売却しているんですね。で、スアソに替わる強力なFWが欲しかったのでしょう。
恐らくアモルーゾはカリアリからオファーが来るとは予想もしていなかったと思われます。パルマに行く気はあったけど、カリアリに行く気は全くなかったのではないかと。一方、フォーティ会長は300万ユーロのオファーがあれば手放してもいいと約束していたので、さっそくカリアリのオファーの検討に入り、一時はパルマとカリアリで入札による決着をつけてはどうかという話になったようです。きっとアモルーゾは焦ったでしょうね。
「このままではカリアリに行くことになってしまうかもしれない・・・。それならレッジーナに残ろう」
カリアリのオファーをきっかけにアモルーゾはそう決心したのではないかと私は想像しています。事実、その翌日にアモルーゾはSKYの取材で「レッジーナでキャリアを終える」と宣言をしています。
Reggina, Amoruso: "Chiudo la carriera qui"
この記事を読んだ時は「カリアリありがとう!」という気持ちでいっぱいでした、私。(爆)
まあ、私がここまで書いたこともイタリアの報道を元に憶測で書いたことに過ぎないし、事実は違うのかもしれません。アモルーゾは最初からレッジョに残るつもりで、移籍させたかった代理人が勝手に頑張っていただけなのかもしれません。もう今となってはどうでもいいですけど。今大事なのはアモルーゾが2010年まで契約延長してレッジーナにとどまってくれたという事実だけです。残ってくれて本当にありがとう。

えー、CALCIO2002の記事に戻りましょう。
アモルーゾの夢は現役引退までに100ゴールを達成することだそうです。あと6ゴールですから楽勝でしょう。多分今季達成しちゃいますよ。100ゴールの瞬間は、オレステグラニッロで迎えられるといいなあ。それだとスカパーで放映されないけど、でもアモルーゾを愛するレッジョの民にその瞬間に立ち合わせてあげたいです。

すごく長くなっちゃいましたけど、最後にCALCIO2002の編集部の皆さん、この記事を載せてくれてありがとうございました。m(_ _)m

07-08レッジーナ | Comments(0) | Trackback(0)
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