FC2ブログ
2006/06/04

プロローグ:一人旅にしたわけ

去年の旅の相棒Iちゃんは、今年のバカンスは南イタリアではなくハワイを選択した。
どうしよう。他の誰かを誘おうか・・・。
声を掛ければ乗ってきそうな友人は何人かいたけれど、私は誰にも声を掛けなかった。なんとなく一人旅をしたい気分だったのだ。それはAll Aboutイタリアで「イタリアで一人旅してみる?」などという特集を組んだせいかも知れないし、あるいは友人である「たびそら」の三井君の著書『素顔のアジア』を読み終えたばかりだったからかも知れない。

一人旅は初めてではない。20代の頃にNY&フィラデルフィア1ヶ月の一人旅と、ロンドン&ブライトン10日間の一人旅を経験済みである。だからイタリア一人旅も問題ないかというと、一つだけ大きな問題が・・・。そう、最大懸案事項は言葉。皆さんよくご存知の通り、私は英語はそれなりに話すけど、イタリア語はほとんど話せないのである。
2004年遠征はうさこさんがイタリア語をある程度話せたし、半年間南米を放浪した後でレッジョに合流したJはスペイン語が話せたし(イタリア語とスペイン語は語源が近いので何となく会話が成立してしまう)、英語しか話せない私はいつも二人に助けてもらっていた。初めてのイタリアだったし、二人がいてくれて本当に心強かった。
2005年遠征はIちゃんも私と同じでイタリア語はからっきしダメ。だけど2回目のイタリアということで慣れもあって何とかなった。言葉なんて通じなくても、おせっかいなイタリア人たちが次から次へと手を差し伸べてくれた。大丈夫、きっと一人だって何とかなるさ。ということで一人旅を決意したのだった。

最初はスコットランド&イタリアの予定だった。セルティックの最終戦を観戦してからレッジョへ行くつもりでいたのだけど、SPLの最終戦がGWの真っ最中だったため格安航空券が取れず、残っていたのは50万ぐらいの正規チケットだけ。いくら俊輔が好きでも航空券に50万は出せまへん(←愛が足りない?)。だけど、最終戦には俊輔は出なかったので、結果として航空券が取れなくて良かったのかも・・・。
最終的に今回の行き先として選んだのは、レッジョとシチリア島タオルミーナ。レッジョは3回目なので一人でもノープロブレム。タオルミーナは2004年遠征でも訪れたけど、実質1日しか観光できなかったので、機会があったらぜひ再訪したいと思っていた。一度来たことがある場所なら一人でも安心だしね。

よーし、完璧だぞ。一人でも楽勝だぞー!と余裕しゃくしゃくでいたら出発間際に大問題が勃発。
4月30日オレステグラニッロで行われたレッジーナ対メッシーナの海峡ダービーで、勝利の瞬間にピッチになだれ込んだレッジーナサポの一人がメッシーナのGKストラーリに暴行を働き、レッジーナはホームでの試合を一試合没収されることになったのだ。要するに私が観戦する予定でいた最終節のレッジーナ対ユベントス戦が中立地で行われることに・・・。
なんてこった!いや、レッジーナファンなら「なんてコッツァ!」と言うべきか。
当初中立地はナポリが有力だといわれていた。ナポリだったら列車で通過したことがある。2004年遠征の復路はレッジョの空港が閉鎖されていたため列車でローマまで行くことを余儀なくされたのだ。レッジョからナポリまではICで5時間くらいだったし、その時に列車にまつわるトラブルも一通り経験済みだ。うん、ナポリなら一人でも頑張れそうだぞ。早速ガイドブックのナポリの部分を熟読し、あれこれ準備を整えていた5月8日の夜、実に衝撃的なニュースが私を襲った。

ナポリじゃなくてバーリかよ!

そう、中立地はナポリではなくバーリということで最終決定となったのだ。バーリはイタリア半島のかかとのちょっと上。直線距離にしたらナポリへ行くのと変わらない気がするが、田舎から都会へ行くのと、田舎から田舎へ行くのは勝手が違うのだ。なんとレッジョからバーリまでは列車で乗り継ぎを入れて11時間以上。ひえぇぇぇ!
列車はダメだということでアリタリアのフライトをチェックすると、レッジョ発ローマ経由バーリ行きには空席があった。しかし、往復で約5万円かかる。た、高い(滝汗)。既に残留を決めているレッジーナがこの値段に見合うゲームをしてくれるだろうか・・・。
いっそのことレッジーナ対ユベントスは諦めて、パレルモ対メッシーナのシチリアダービーでも見にいこうか。パレルモならレッジョから4時間以内で行けるし、パレルモには元レッジーナのディミケーレがいるし。
ああ、どうしよう、どうしよう。悩みに悩んでいたとき、一足先にイタリア入りしていた板貫さんからメールが届いた。そこには彼女のイタリアでの連絡先が書いてあった。何かあったら相談できる日本人が現地(レッジョじゃないけど)にいる。それだけで随分と気が楽になった。よーし、とにかく行ってから考えよう。どうにかなるさ!
ということで、私は5月10日にイタリアに向けて旅立ったのだった。
南イタリア遠征記2006 | Comments(0) | Trackback(0)
Comment

管理者のみに表示