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2009/12/05

レッジョ編vol.9【レッジーナのティフォーゾと認められた日】

選手のエピソード1週間分まとめて書くスタイルにしたら、なんかもう時系列がグチャグチャなんだけど(汗)、5月12日火曜日の出待ち終了時に話を戻そう。
シエナでアモルーゾに会えず、ジェノヴァでマッツァーリ監督につれなくされた挙句に試合でボコボコにされ、「イタリアに来てから何もいいこと無いんですけど・・・(T-T)」と各方面に愚痴たれまくりの悲惨な日々であったが、この日サンタガタでレッジーナの選手たちと触れ合ったことで気持ちが一気に浮上した。
いや、選手だけではない。この日私の心の振り子をマイナスからプラスのMAXに引き上げる助けをしてくれた人たちが他にもいたのだ。

まずはジェノヴァで会った恰幅のいい親父と再会。ジャッケッタと一緒に居たからフロントの人なんだろうなとは思っていたが、まさかフォーティ会長の次に偉い人だったとは・・・。全然偉い人に見えないんですけど。因みにお名前はジョヴァンニ・レモさんという。
ミケーレがレモさんに私を紹介しようとすると、「もう知っているよ。ジェノヴァで会ったからね」みたいなことを言ってニッコリ。握手をしたあとに2ショットを撮った。

そこらのオッサンにしか見えない

その場にいたレッジョの民がジェノヴァで私と会った経緯を知りたがり、レモさんが皆に詳しく教えていた。私が聞き取れたのは「ジャッケッタは英語話すから」と言っていたことだけ。私はどちらかというとジャッケッタとの再会を期待していたんだけど、レッジョ滞在中に一度もあの麗しい姿を見かけることはなかった。ウルトラ・スーペル残念である。その代わりレモさんとは毎日遭遇。副会長のレモさんが毎日必ず私に親しげに話しかけてくれるので、練習場にたむろするレッジョの民も私に一目置いてくれるようになった。

そしてこの日、ある意味選手たちとの触れ合いよりも嬉しかった出来事はこれ。
出待ちを終えてミケーレと出口に向かって歩いているときに、チケットオフィスの前でごつい兄ちゃんに呼び止められた。オフィスの前はチケットを買いに来た人たちで賑わっていた。
ごつい兄ちゃんは「チャオ、チャオ!」と笑顔で握手を求めてくる。どなた様でしたっけ?
誰だか分からぬままに握手に応じていると、ミケーレが「このジャポネーゼを知っているのか?」と兄ちゃんに尋ね、それに対して兄ちゃんが「ジェノヴァで会ったから」みたいなことを答えた。ああ、ブリニョーレ駅前にいたレッジーナ・ウルトラスの一人か!
参考エントリー: ジェノヴァ編vol.7【サンプドリア×レッジーナ試合後の風景】
ごつい兄ちゃんがオフィスの前にいた人たちに私と会った経緯を説明し始めた。クラブハウスの前でレモさんが説明していたときと同様、皆が興味深げに耳を傾けているが、私にはさっぱり分からない。レモさんもこの兄ちゃんもいったいどんな説明してんだろ?その場にいた15人くらいが私の話題で盛り上がっているというのに、当の本人が話題に入れないというもどかしいシチュエーション。ああ、イタリア語の勉強がんばらなきゃ。←いつも口だけ
ほとんど聞き取れなかったというか、理解することを放棄してボケーッとしていた私だが、ごつい兄ちゃんが私の方に向き直りハッキリした口調で言い切った部分だけは分かった。何故ならその言葉はアモルーゾがレッジーナに在籍していたときに、いつもティフォージがネット上で彼の記事に書き込んでいた言葉とほぼ同じだったから。何十回も目にし、いつも嬉しい思いで読んでいた言葉と同じ表現だったから。私の聞き間違いでなければ、兄ちゃんは皆の前でこう言った。

Lei è uno dei nostri.(彼女は俺たちの仲間だ)

ありがとう、兄ちゃん。すげえ光栄だよ・・・。
サンタガタからの帰り道、ミケーレと別れた後は心の中で兄ちゃんの言葉を反芻しながら歩いた。2004年から始まったレッジョ通い。『ナカムラに会いにきたジャポネーゼ』から『ナカムラがいないのにやってくる変わったジャポネーゼ』を経て、6年目でようやく『俺たちの仲間のジャポネーゼ』に昇格できたみたいだ。嬉しくて嬉しくて、気が付くと口元が勝手に緩んでいた。

ホテルには戻らずにユニがまだ売り切れていなかった『SPORT WORLD』へ直行した。店の皆さんは昼に教えた私の名前を覚えていて、全員が名前で呼んでくれた。この人たちにとって私は毎年日本からやってくる珍しい客であると同時に、シーズン終了間際に在庫整理をしてくれる非常に有難い客なのだと思う。こんな時期にユニを3枚も買ってくれる客は他にいないよね。(笑)
ヤス君とわらぴーさんに依頼された背番号を入れる手配を済ませ、背番号を入れない自分用のアマラントユニはお持ち帰り。明日は選手たちにこれにサインしてもらうんだもん♪
因みにヤス君には77 SESTUを頼まれたのだが、店主のおっちゃんはネーム&背番号依頼用紙に書き込むのにセストゥをスペルアウトできず、「S-E-S-T-U、セ・ス・トゥ!なんでセストゥを知らねーんだよ!」てな感じで若い店員たちから突っ込まれまくりだった。

ホテルに帰ると歩き疲れて膝がガクガク笑っている。ベッドに倒れこんだまま動けない。お腹は空いたけどこれ以上歩くのはイヤだ。
ということで、日本から持参した非常食(せんべい、SOYJOY、ポテトチップス、etc.)で夕飯を済ませた。自分の体力のなさに情けなくなる夜であった。
南イタリア遠征記2009 | Comments(0) | Trackback(0)
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