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2009/06/27

十二日目:フィリッポとの最後のバトル&エピローグ

5月12日(月)曇り

レッジーナ残留祭り記事を読んで超長いフライトを凌ごうとガゼッタ、コリエレ、地元紙数紙を買い漁る。荷造りを完璧に済ませ、後はチェックアウトするだけだったが、いつまで経ってもフィリッポが来ない。板貫さんが公衆電話から何度もフィリッポの携帯に電話を掛けたが、例によって出やしない。このB&Bに到着して以来フィリッポが電話に出たことは一度もなし。まったく役に立たない大家だ。板貫さんの携帯が使えれば朝早くチェックアウトしたい旨を前日にメールで伝えることができた。しかし、それが不可能だったので、今はフィリッポが電話に出てくれないと連絡手段が他に何もないのだ。困った。どうしよう。
てか、大家だったら何時にチェックアウトするか事前に聞くだろ普通?
私は11時10分のローマ行きに乗るので、10時半までにレッジョの空港に到着すればまあ大丈夫だろう。だけど板貫さんはカターニア経由でエンポリに戻るのだ。確か午後2時頃カターニア発だったと記憶している。レッジョからカターニアまではフェリーと列車またはプルマンを乗り継いでいくので4時間以上かかる。それに今日はジロ・デ・イタリアの初日だ。今年のスタート地点に選ばれたカターニアはとんでもない交通規制がかけられている可能性もあるので8時半にはチェックアウトしたい。って、もう8時半過ぎてんだけど?

金払わないで帰っちまおうか?

かなり真剣に無賃宿泊を検討し始める私たち。だって電話に出ないフィリッポが悪いんだし、ここまでの不誠実な対応の数々を考えたら金払わなくても罰は当たらないよね?←いくらなんでもそれはマズイか?
迎えに来た私たちのお抱え運転手のアントネッロも「金なんか払わなくていい!」と大激怒。そこにフィリッポが間抜け面でやってきた。私たちよりも先にアントネッロが大噴火。
しかし、フィリッポはまったく悪びれることもなく精算の手続きに入る。ニヤニヤ笑いを浮かべていて不快この上ない。一言ぐらい謝ったらどうだ、ああ?
フィリッポの相手は板貫さんにお任せして全ての荷物をアントネッロと車まで運んだ。一刻も早く出発しないと板貫さんはフライトに間に合わなくなる。だからスーツケースをさっさと車に積んで準備万端にして欲しいのにアントネッロの怒りが収まらない。「いつまでも怒鳴っていないでスーツケース車に積もうよ!」と身振り手振りで訴えるが効き目なし。こいつも困ったもんだ。
板貫さんが支払いを済ませて出てきて、ようやく荷物を積み始めるアントネッロ。そこからメッシーナ行きのフェリーに乗る板貫さんのために港へ一目散。
板貫さんも怒りが収まらない。チェックアウトが遅れたせいでフライトに間に合わないかもしれないと言っても、最後までフィリッポの口からは一言も詫びの言葉は出てこなかったそうだ。私が今までレッジョで知り合った中で間違いなく最低最悪の男。フィリッポという名の印象が一気に悪くなった。
この宿に泊まってフィリッポとのバトルを制したいというチャレンジャーな貴方、奴をボコボコにして私たちの仇を打ちたいという血の気の多い貴方、AL TEATRO Reggio Calabriaで検索かければヒットすると思いますんで興味があったらどうぞ。ま、私の遠征記を読んでここに泊まりたいと考える人は皆無だろうけど。

結局板貫さんはローマ行きのフライトが遅れたためにピサ行きのフライトに間に合わず、エンポリに到着したのは深夜だったらしい。レッジョ遠征の締めくくりが散々なことになってしまって残念。本当にお疲れ様でした。
私は順調にレッジョ⇒ローマ⇒成田とお馴染みのコースを辿って無事帰国。機内では飽きもせずにレッジーナ残留記事を繰り返し眺めていた。グラニッロで会った英語を話すオジサンに『日本から幸運を運んできた勝利の女神』と認定してもらったのを思い出す。あのオジサンには「毎年この時期に必ずレッジョに来るように」と念を押されたっけ。また来年もレッジーナを残留させるために5月に遠征しなくちゃ♪
ま、この自分は勝利の女神だという根拠のない自信は翌年見事に打ち砕かれるのだけど。



帰国後しばらくしてアモルーゾのトリノ移籍が決まった。彼がいなくなることはサンタガタで会った瞬間に分かってしまったので心の準備は出来ていた。と、自分では思っていたのだが、どうやら頭と心は別物らしい。
Per ○○○ con affetto. (○○○へ、愛情を込めて)
ヘタクソな字でアモルーゾがそう書いてくれたユニフォームを抱きしめて泣いた。子どもみたいにしゃくりあげ、一晩中嗚咽した。

マリノスデビューの日からずっと見守ってきた中村俊輔の移籍で初めて知ったレッジーナ。2005年に俊輔は去ったけど、ワルテル・マッツァーリという魅力的な監督の存在が私をレッジーナに繋ぎとめていた。2007年にマッツァーリ監督は去ったけど、今度はニコラ・アモルーゾというステキな選手が私の心を鷲掴みにして離さなかった。そのアモルーゾもレッジョを去った・・・。
私にとって特別な三人がいなくなったけど、それでも変わらずレッジーナを応援している自分に少し驚いている。



今年も長たらしい遠征記を最後まで読んでくださった皆さん、どうもありがとうございました。

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南イタリア遠征記2008 | Comments(9) | Trackback(0)
2009/06/25

十一日目③:アモルーゾと同じ席で最後のディナー

スタジアムからの帰り道、一台の車がクラクションを鳴らして私たちの前で止まった。乗っていたのはお父さん、お母さん、子ども二人の4人家族。レッジーナのマフラーをバッグに巻いていた私に「ステキなバッグだね!」とお父さんが投げキッス連発。お母さんと子どもたちは「しょうもない父ちゃんでスミマセン」という感じで笑っていた。みんな残留が決まって浮かれているね。

その後中央駅付近で変なイタリア語を話す移民2人組がナンパしてきて、しつこく付きまとわれる。こいつらはレッジーナが残留したから浮かれているわけではなく、多分いつもこうなのだろう。レッジョは他の土地に比べると、本当にナンパが多いよねー。

奇跡の残留を果たした去年は街中がお祭り騒ぎで凄いことになっていたけど、今年は幾つかの小規模な一団が時折メインストリートを疾走していただけ。

今年も残留できて良かったね!

歓喜の雄叫びを上げる愛すべきお馬鹿さんたち。

壊れ方も去年に比べると地味でした

今年のイタリア遠征最後のディナーを取るために、先日アモルーゾと遭遇した『Cordon Bleu』へ向かった。

記念に持ち帰った紙ナプキン(笑)

あの日アモルーゾが新聞を読んでいたテラス席のテーブルがうまいこと空いている。が、店のお姉ちゃんは奥の席に通そうとする。いやん、私にとっては王子様と同じ席に座らなくちゃ意味がないの。すかさず板貫さんが「ここがいいんですけど!」と主張してくれて無事アモルーゾと同じ席に座ることが出来た。間接キスならぬ、間接尻接触に成功。←なんだそりゃ

アモルーゾはここで新聞を読んでいたのよ~

私は英語しかダメだけど板貫さんはイタリア語を話すと最初に教えたのに、なぜか若いカメリエーレが必死に英語でメニューの説明を始めた。人の話ぜんぜん聞いてないな?
一通り説明を聞き終えたところで「あの~、彼女はイタリア語話すんだけど?」と言うとカメリエーレは苦笑い。彼の努力に敬意を表して、最後まで英語で受け答えしてあげるべきだったかしら?

食事を楽しんでいる最中に、直ぐ近くで何やら騒動が勃発。パトカーまで出動して辺りは騒然となってきた。レッジーナ残留に浮かれたお馬鹿さんが調子に乗りすぎたのかと思ったら、なんと騒ぎの元は夫婦喧嘩。警察まで巻き込む派手な夫婦喧嘩をするなんて、さすがレッジョの民だわ。←褒めてどうする

何を食べたのか覚えていないのだけど、お手ごろな値段の割に美味しかったと記憶している。お腹一杯で満足して、どっぷりと暮れたガリバルディ大通りを宿に向かって歩いた。
「なんかここ、嘘くさいというか、作り物くさくないですか?」と板貫さん。
あはは。確かにこの時間のこの通りは閉館間際のテーマパークみたいな雰囲気が漂っている。この写真で伝わるかしら。

映画のセットみたい?

私の気分も閉館間際のテーマパークそのもの。明日の朝、私は日本へ、板貫さんはエンポリに戻る。楽しい時間は瞬く間に過ぎていってしまう。あーあ、まだ帰りたくないなぁ。

実は昨夜板貫さんの携帯のプリペイドカードが切れてしまった。今日は日曜日で店が閉まっていて買うことが出来ず、このことが原因で明日フィリッポと最後のバトルが待ち受けていようとは、この時はまだ知る由もなかった。

南イタリア遠征記2008 | Comments(4) | Trackback(0)
2009/06/20

十一日目②:レッジーナ×エンポリ 試合中~試合後の風景

試合レポはこちらのエントリーを参照のこと。ここではそれ以外のことを書き記しておく。
セリエA第37節レッジーナ×エンポリ 3連勝で1節残して残留決定!
アモルーゾ・ウォッチャーの私としては、グラニッロでレッジーナの選手としてプレーする王子様の最後の勇姿を目に焼き付けようと必死だった。それは私だけでなく、グラニッロを埋め尽くしたレッジョの民全員が同じ想いだったに違いない。1点目のバレートのゴールはただただ嬉しいだけだったけど、2点目のアモルーゾのゴールは両手を突き上げて歓喜しながらも、言いようのない寂しさが胸を覆い尽くしていた。
試合終了間際、オルランディ監督はアモルーゾとストゥアニと交替させて、ファンに感謝の意を表す場を設けてくれた。もちろん観客は総立ち(私の隣に座っていたエンポレーゼ一名は除く)。来季アモルーゾがいなくなることは誰もがわかっていた。3年間の感謝の気持ちを込めて割れんばかりの拍手が送られ、両手を挙げてそれに応えるアモルーゾ。両の掌が真っ赤になるほど手を叩き続けながら、私はちょっとした恐怖に襲われていた。そう怖かったのだ。アモルーゾがいなくなることで今まで一生懸命にレッジーナを応援してきた気持ちに区切りがついてしまいそうで、毎年お金と時間をやりくりしてイタリアまで駆けつけた情熱に変化が生じそうで、怖くて怖くて仕方なかったのだ・・・。

この試合に勝利したことで1節残して残留が決まり、試合終了と同時にクルヴァの最前列からピッチになだれ込むティフォージ。

私も一度やってみたい

選手は揉みくちゃにされて、次々と身包み剥がされてパンイチ姿に。拡大写真なので画質が悪いけど、こちらはチェラヴォロとミッシローリ君。

チェラヴォロいい体してるわね(笑)

こっちはストゥアニとカッショーネ。みんな見事な脱ぎっぷり。(笑)

ストゥアニは意外とノリがいい

ここからは試合後の出待ちの様子。

練習の出待ちの10倍は人がいる

内側もティフォージでぎっしり!

暑苦しくて息苦しい空間

ここでもNAKAMURAさん発見!

さすがに毎年数は減ってます

選手が出てくるのを待っているときに、いきなり背中をバシバシ叩かれた。痛えな、何だよ?
振り向くと若い兄ちゃんが「チャオ、チャオ!」とニコニコ笑っている。いきなり握手まで求められた。誰だっけ?
ああ、思い出した。サンタガタで私の年齢をしつこく尋ねてきたあの阿呆だ。あの時ちょっと話しただけなのに、まるで旧知の知り合いみたいに振舞える兄ちゃんの馴れ馴れしさに脱帽だよ。南は概してこんな奴ばかりだけど。(笑)

浮かれたファンで賑わうスタジアム周辺にはこんなキュートなワンちゃんもいた。愛犬を撮られて飼い主の姉ちゃんも嬉しそうだった。

かわゆいワンちゃんでした

エンポリのチームバス周辺には「セリエB!セリエB!」と野次を飛ばすお行儀の悪いレッジーナサポとエンポリの選手のサインが欲しいチビッ子たちが群がっていた。因みにジョヴィンコちゃんが一番人気だったらしい。ここでも一番前に陣取っていた板貫さんはエンポリに戻った後、エンポリの選手たちに「レッジョにいたでしょ?」と聞かれたそうな。(笑)

アウェイチームは柵越しにしか触れ合えません

去年は奇跡の残留を果たしたので試合後にパレードがあったけど、今年はまさか今節で残留が決まるとは思わず何の準備もしていなかったらしい。ということで、ファンは興奮しているものの特別なことは何もなし。選手はみんな残留が決まって大喜びのファンに囲まれていて近くに行けなかったし、警備も厳しくなってきちゃったので、私たちは少し離れた場所でエンポリのバスが来るのを待ってお見送りしようということになった。一旦スタジアム前の広場まで戻り、エンポリのバスをじっと待つ。しかし、これがなかなか来ない。もしかして私たちが待っている方向とは反対側に行ってしまうのだろうか。
「バス来ませんねえ」と言いながら、首を伸ばしてそっちの方角を覗き込んだ私の目に思いがけないものが飛び込んできた。慌てて首を引っ込める私に「どうしました?バス来ました?」と板貫さん。

「バ、バスじゃなくて、番長が来ます!」 と私。

そう、エンポリのバスではなく、コッツァが嫁と手を繋いでこっちに歩いてくるのだ。試合後はいつもこんな風に二人で仲良く歩いて帰るのだろうか。
コッツァは私たちに気がつくと「チャーオ」と普通に挨拶してくれたけど、嫁は「ふん!」とそっぽを向いてツンツンしながら行ってしまった。感じ悪~い!!!
「いくら選手がいい人でも嫁が感じ悪いとガッカリしますよね~」と二人の後姿を見送りながら私たちの言いたい放題が始まる。それにしてもコッツァ嫁はデカイ。ハイヒールを履いているとコッツァよりもデカイ。ミスイタリアっていうのは、あれくらい背が高くないとなれないのね。
で、結局エンポリのバスはこっちに来たんだっけ?来なかったんだっけ?コッツァ嫁が強烈すぎて他の記憶はすっ飛んでしまった私であった。

南イタリア遠征記2008 | Comments(2) | Trackback(0)
2009/06/10

十一日目①:レッジーナ×エンポリ 試合前の風景

5月11日(日)曇り

試合開始2時間前くらいにグラニッロに到着。出店でレッジーナグッズをじっくり物色して、レッジーナファンのお仲間や俊輔ファンのお仲間のために、マフラーやキャップやストラップを購入。「あんた神!」の文字と共にフォーティ会長のガッツポーズ写真がプリントされたTシャツは大笑いしただけで買わなかったけど、今考えるとネタとして買っておくべきだった。反省。
今年は無事にマッチデープログラムを手に入れ、今年初めて見る無料冊子(翌年には配布されていなかった。この年だけだったのね)も手に入れたので、入り待ちするためにトリブーナ(メインスタンド)の入り口へと急いだ。すると選手の到着を待っていた地元テレビ取材班がジャポネーゼ2人の姿を見つけるとテレビカメラをこちらに向けてきた。私たち抜かれてるっぽい。ま、いいか。どうせ流れたとしてもレッジョだけだろうし。

この日のレッジーナのグラニッロ到着映像をYouTubeで見つけたので貼っておく。
Reggina - Empoli 11/05/08
動画を見ていただければ一目瞭然だが、レッジーナの試合の入り待ちは女子の黄色い歓声とは無縁の男の世界。柵の周囲はむさ苦しい野郎どもとチビッ子ファンに占拠されて進入不可能である。故に私は沿道の反対側でチームバスから降りてくる選手たちを遠目に眺めていたのだが、左右に手を振り笑顔を振りまきながら降りてきたアモルーゾに思わず笑ってしまった。まるでオスカー授賞式会場にリムジンで乗り付けたハリウッドスターみたい。
でも笑いながらどんどん寂しい気持ちになってくる。こんなふうにチームバスから降りてくるのも恐らく今日が最後・・・。そう考えると泣きたくなってきた。

一方の板貫さんはレッジーナのティフォージが盛大なブーイングでエンポリバスを迎える中、堂々と野郎共の中に割って入っていって柵の真ん前を陣取っていた。流石である。
残念ながらチームバスから降りてくるエンポリ選手の映像はYouTubeで見つけられなかった。

入り待ちも済んだのでスタジアムの中に入って自分の席を探したが、なんと今年の席は最上階の天辺付近。一番上から2列目の席だ。今までこんな上の方の席で観たことないから知らなかったけど、グラニッロからは海が見えるのね。てか、レッジョは高いところだったら何処でも海が見えるのかしら。

曇っていたので海は青くない

スタジアムはほぼ満員だったけど、緑のネットで覆われたアウェイサポ席の一角だけはスカスカ。数少ないエンポリティフォージが中央で寄り添うように固まっていた。

レッジョまで遥々やってきたエンポレーゼの皆さん

こちらは未だにグラニッロにしぶとく生息しているNAKAMURAさん。

今年のナカムーラその1

試合が始まる前にトイレに行こうと思ったが、こんな上まで来たことがないのでトイレが何処だか分からない。そこで通路脇の席の兄ちゃんたちに「女子トイレどこ?」と英語で尋ねたところ、全員見事に固まってくれた。その時、兄ちゃんたちの後ろにいた英語を話すオジサンが「階段下りて左手にあるよ!」と助け舟。あら、レッジョにも英語を話すオジサンがいるのね。
このオジサンはトイレから戻ってくる私を待ち構えていて、英語でいろいろ話しかけてきた。オジサンはレッジョの人ではなく、トロペアのホテルで働いているそうだ。今日はレッジーナの残留を見届けるために仕事を休んでグラニッロに駆けつけたとのこと。
「トロペアは物すごくキレイなところだから一度遊びにおいで」とオジサンが働いているホテルの名前を教えてくれたが、もうすっかり忘れてしまった。ごめんよ、オジサン。
で、このオジサンが死ぬほど笑わせてくれた。だって、こんなこと聞くんだよ?

レッジーナには以前ナカムラという日本人選手がいたんだが、ナカムラを知っているか?

ええ、知っていますとも。貴方よりも相当詳しくね。
いや~、さすがに移籍してから3年も経つと、目の前の日本人と俊輔を結びつけて考えない人も出てくるのか。月日の流れをヒシヒシと感じた。

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2009/05/31

十日目②:アウェイチームが泊まる宿&会長のお店

シッラからレッジョのリド駅に戻った後、その足ですぐにエクセルシオール・ホテルに向かった。エンポリが泊まっているかどうか確かめるためだ。まずはホテル周辺にチームバスが止まっているかどうかチェック。ぐるりと一周したがそれらしきバスはないし、外から見ただけではエンポリが宿泊しているかどうかは不明。まあ、ビッグクラブじゃない限りエントランスに警備員やファンが群がっていたりすることはない。
実はシッラに行く前にもこのホテルに寄ってみた。で、単刀直入にホテルのフロントでエンポリが泊まるかどうかを確認しようとしたのだけど、えらい怖そうな女性スタッフが「なんなのこのアジア人は」的な超冷たい視線を送ってきて怯んで聞けなかったのだ。今の時間フロントにいるのは初老のジェントルマンと若い兄ちゃん。よし、イタリア男なら優しく対応してくれるはず。
「えーと、あのー、そのー、もしかしてこのホテルにエンポリが」と英語で口ごもりながら切り出したところ、エンポリと言った途端に「ノー!」と速攻否定された。あ、あら、そんなに早く否定しなくても・・・。
そして「こちらではなく、このホテルに泊まっています」と同じ系列のレッジョ郊外にあるホテルのパンフレットを差し出してきた。あ、あら、そんな簡単に教えてくれちゃうのね・・・。
そのホテルへ行くための最寄り駅はシッラからレッジョに戻る途上にあった。シッラに行く前に知っていれば帰りに寄ったのに。あの怖い女性スタッフに思い切って聞いてみればよかったな。いや、あの人じゃ聞いても教えてくれなかった可能性大だけど・・・。
エンポリ宿が街中のホテルではなかったことから「そこまでして行かなくてもいい」と板貫さん。ということでエンポリ激励は無しとなった。

宿に戻ってから私は腹痛でダウン(月に一回のあれ)。板貫さんは一人で買い物に出かけた。
しばらくして帰ってきた板貫さんは美味しそうな一口サイズの揚げ物ミックスを買ってきた。昨日アモルーゾがいたトラットリアの店先で売っていて、たくさんのレッジョの民が頬張っていて美味しそうだったのでついつい買ってしまったとのこと。たしかに美味しい!
揚げ物を買うついでにディナーのメニューも確認してきてくれた。ツーリストメニューがあって、良心的な値段で食事できるらしい。明日のレッジョ最後の晩餐はそこでディナーを取ることに決定。絶対にアモルーゾが座っていたあのテラス席で食事するぞ!

板貫さんの話によると、揚げ物ミックスを買う前に興味本位でフォーティ会長の店に入ってみたらしい。ところが高い商品しか置いておらず、店の姉ちゃんから高い服ばかりを勧められ、どうやって逃げようかと思案していたところにフォーティ会長がやって来たそうだ。買い物客たちから「チャオ~、プレジデンテ」と気さくに声をかけられ、気さくに挨拶を返しながら向かった先はレジ。そこにいたのは会長嫁。『今ここで買い物をしたら会長嫁がレジ担当。隣には会長本人』というシチュエーションに板貫さんは焦って店を脱出したらしい。
私は会長の店に足を踏み入れることはないだろうな~。

夜は地元テレビ局でレッジョのティフォージたちが延々とレッジーナのことについて語るというか騒ぐというか、ちょっと頭の悪そうな番組を発見。しばらく見ていたけどイタリア語をほとんど聞き取れない私は次第に眠くなり就寝。明日はいよいよ試合(レッジーナ×エンポリ)だ。

南イタリア遠征記2008 | Comments(0) | Trackback(0)
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