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2008/09/05

南イタリア遠征記2007インデックス

南イタリア遠征記2007のインデックスをまだ作っていなかったのに気がつきまして、急遽作成いたしました。
マイナス15(後にマイナス11に軽減)をペナルティを背負って開幕を迎えたレッジーナが、怒涛の快進撃を続けてついに最終戦で奇跡の残留を達成。「奇跡の証人」になれたこの年の遠征は一生忘れられない私の宝物となりました。
3-0から3-3に追いついたドラマチックなエンポリ戦と、感動の最終戦(ミラン戦)をスタジアム観戦したわけですが、カルロ・カステッラーニとオレステ・グラニッロのあの日の熱狂を昨日のことのように思い出せます。
試合以外で特に思い出深いエピソードは、エンポリ練習見学が楽しかったこと、エンポリ戦後エンポリファンにフォッジャが大歓迎されていたこと、トニョッツィの愛想の悪さに激怒したこと、板貫さんが体を張ってカンパの車を止めたこと、アモルーゾが練習場で仲間外れになっていてショックを受けたこと、ミラン戦後嬉しさのあまり壊れてしまったレッジョの民と大騒ぎしたこと、帰国日にマッツァーリ監督とミラノのリナーテ空港でばったり出くわしたことでしょうか。いや、もう、どれもこれも忘れられない思い出だらけなんですけどね。



番外編その1:2007年サンタガタ何でもランキング

一日目:初めてのトスカーナ

二日目①:ビアンキが私のかわいい坊やじゃなくなった日
二日目②:エンポリ練習見学
二日目③:レッジーナ御一行様お出迎えは空振り

三日目①:エンポリ×レッジーナその1試合前の風景
三日目②:エンポリ×レッジーナ試合中の風景
三日目③:エンポリ×レッジーナ試合後の風景その1
三日目④:エンポリ×レッジーナ試合後の風景その2
三日目⑤:エンポリ×レッジーナ試合後の風景その3

四日目:筋肉痛で動けなかった一日

五日目①:アリタリアに突然フライトをキャンセルさせる
五日目②:灼熱のフィレンツェ観光&緊急事態2連発

六日目①:エンポリ→ピサ→ローマ→レッジョ
六日目②:ピッツェリアでCL決勝観戦

七日目①:チケットとユニを探し求めた午前中
七日目②:君の笑顔は一万ボルト
七日目③:イノシシ男とウシ男、自転車野郎と身なりのいいチビ
七日目④:木曜日の出待ちの風景その1
七日目⑤:木曜日の出待ちの風景その2
七日目⑥:木曜日の出待ちの風景その3
七日目⑦:木曜日の出待ちの風景その4
七日目⑧:プリマヴェーラちゃんとか今季ユニとかコッツァ杯とかディナーとか

八日目①:半日で済むレッジョ観光
八日目②:アモルーゾ仲間外れ事件その1
八日目③:練習場はハイレグだらけ
八日目④:フォッジャの想い、アモルーゾの想い、テデスコの想い
八日目⑤:金曜日の出待ちの風景その1
八日目⑥:金曜日の出待ちの風景その2
八日目⑦:金曜日の出待ちの風景その3
八日目⑧:アントネッロのお宅訪問&本日のディナー

九日目①:いつも必ずいたあの人がいない
九日目②:アモルーゾ仲間外れ事件その2
九日目③:孤立しているのはどっちだ?
九日目④:アモルーゾ仲間外れ事件私なりの考察
九日目⑤:理解者に巡り合えた幸せ
九日目⑥:土曜日の出待ちの風景その1
九日目⑦:土曜日の出待ちの風景その2
九日目⑧:土曜日の出待ちの風景その3
九日目⑨:土曜日の出待ちの風景その4
九日目⑩:決戦前夜-眠れぬ夜-

十日目①:二年振りに聞いた「ヘーイ、マッザーリ!」
十日目②:スタジアムまでの道のりと試合前の風景
十日目③:レッジーナ×ミラン試合中の風景
十日目④:レッジーナ×ミラン試合後の風景
十日目⑤:街はお祭り騒ぎ

十一日目:アッリデヴェルチ

番外編その2:トスカーナの苦虫野郎


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南イタリア遠征記2007 | Comments(0) | Trackback(0)
2008/06/08

番外編その2:トスカーナの苦虫野郎

『番外編その1:2007年サンタガタ何でもランキング』で書くと告知したので、最後にこいつのことを書かないわけにはいかない。こいつとは2006年夏にセリエBペスカーラからやって来たフィレンツェ生まれでフィオレンティーナ下部組織出身のMFルカ・トニョッツィ31歳。この遠征の時はまだ30歳だったけど。

顔面偏差値高し!

こいつがレッジーナに来たときは「また一人イケメンがやってきた~♪」と大喜びだった私。うちの母もレッジーナの試合を観ては「この子かわいい顔しているわね」とお気に入りだった。ところが、2007年3月13日にアップされたレッジーナ公式Q&Aで、

いけすかない自信家のインテリ野郎かも?

という疑惑が湧き上がる。とはいえ人間というのは会ってみないと分からないものだ。もしかしたら予想に反してめちゃくちゃいい人かもしれない。もしかしたら変な奴嗜好体質の私のツボを大いに刺激してくれる面白い奴かもしれない。ということで、私も板貫さんも出発前からトニョッツィに会うのをとても楽しみにしていた。
で、2007年遠征終了時に私と板貫さんの出した結論。

サイテー

とにかく笑わない。いつも眉間にしわを寄せている。
エンポリでの第1回遭遇時もこんな顔。

嫁とケンカでもしていたのか?

少しは笑えよ・・・

サンタガタでの第2回遭遇時もこんな顔。

トニョッツィ

板貫さんとの2ショット(無愛想なトニョッツィにあえて2ショット挑むチャレンジャーな板貫さん)では、心なしか唇の端が少しだけ上がっているような気がする。

え、笑顔なのか・・・?

これ、笑っているつもりなんでしょうか・・・
彼にとってはこれが精一杯の笑顔なんですかねえ・・・


「これは笑顔なのか、そうじゃないのか」結論を出せずに困惑する私たち。遠征中に何度も写真撮ったり、サイン貰ったりしていたら、普通はどんどん打ち解けてくるものじゃない?それが何度会っても超そっけない態度は変わらない。Q&Aには「ピザにうるさい」と書いてあったので、板貫さんはレッジョの美味しいピッツェリアを教えてもらおうと楽しみにしていたのだけど、とてもじゃないけどそんなことを聞ける雰囲気の人じゃなかった。

同じフィレンツェ人でもタコ社長とヴィジャーニなら、絶対に親切に教えてくれますよね。
もしアモルーゾに尋ねたら迷わないように地図まで書いてくれますよ、きっと。


遠征中も遠征後も私たちに言われ放題だったトニョッツィ。笑わない君がいけないのだ。
そこでついたあだ名が「トスカーナの苦虫野郎」。だって本当にいつも苦虫を潰したような顔をしているんだもの。
「人前で笑顔を見せてはならぬ」というのがトニョッツィ家の家訓なのだろうか。
「人前で笑顔を見せる度に寿命が一年縮む」とか信じているんだろうか。
それともこれが彼にとってのキメ顔なんだろうか。「オレってクールでカッコいい」と悦に入っているんだろうか。だとしたら大きな勘違いだよ、トニョッツィ。

土曜日の練習場ではチビッ子3人組が別メニュー練習でランニングしているトニョッツィの名前を大声で呼んだが、こいつは眉間に皺を寄せたまま「チャーオ」と答えていた。お前は子ども相手でも笑えないのかと呆れたけど、当のちびっ子たちは「トニョッツィがチャオって言ったー!」と大喜びしていた。(苦笑)

そんな苦虫野郎の笑顔を初めて見たのが、レッジーナが奇跡の残留を果たしたあの日。残留記念パレードの車の上で、ほんの一瞬だけトニョッツィが微笑んだ。誰の目からもはっきり笑顔とわかる正真正銘の笑顔だった。

なんだよ、笑えるじゃん!

次の遠征では絶対にこいつを笑わせてやるとメラメラと闘志を燃やす私であった。

ところがここでネタをばらすと、2008年1月遠征でいきなりこいつに笑顔を向けられビビるのであった。でもって、2008年5月遠征では釣りバカのこいつに釣りキチ三平ルアーコレクション釣りキチ三平Tシャツをプレゼントして感激され、翌日からは向こうから挨拶してくれる仲になるのであった。(笑)
まあ第一印象が最悪だった奴に限って、その後とっても仲が良くなったりするのはよくある話だよね。どうして2007年遠征時はあんなに機嫌が悪かったんだろう。怪我をしていてレッジーナの残留に貢献できない自分に対する苛立ちから笑顔になれなかったんだろうか。いつか機会があったら聞いてみようと思う。
レッジーナのサンペイさん、来季もレッジョにいるよね?

2008年1月遠征では、大の苦手だったコッツァとも急速に関係改善。人というのはどんどん変わっていくものなのだと実感した。と、最後にもうすぐ始まる北イタリア遠征記2008の宣伝をしてみる。(笑)
南イタリア遠征記2007 | Comments(6) | Trackback(0)
2008/06/07

十一日目:アッリデヴェルチ

5月28日(月)豪雨

振動を伴う凄まじい雷鳴に目を覚ましたのは午前3時頃。レッジーナが起こした奇跡に対する天界の手荒な祝福なのか、レッジョは未明まで激しい雷雨となった。稲光の中で急に「あれは夢だったんじゃないだろうか」と不安になり、懸命に昨日の記憶をあれこれたどる。・・・大丈夫、夢じゃない。ちゃんと残留したよ・・・。安心して再び眠りに落ちた。
7時前に再び眠りから覚めたときには雷は止んでいたが、雨は土砂降りのままだった。もう帰るだけだから天気なんてどうでもいいや。

朝食を取りにサロンに降りていったら、サロンの正面にあるフロントの男性がクレジットカードを読み込む機械を手に溜息をついていた。そして私の顔を見るなり英語で一言。
「ダメだ、動かない・・・」
な、何ですと!私、ほとんど現金持ってないわよ!宿代カードで払えないと困る!
これはゆっくり朝食を取っている場合ではない。ホテルの傘を借りて近くのATMにお金を下ろしに行くと、そこには長蛇の列。そして自分の番が来た人が全員、しばらくすると不機嫌そうな顔をしてATMから離れていく。嫌な予感がする・・・。
やっと自分の番が来て、ドキドキしながらカードを差し込む。英語表示にして、暗証番号を打ち込み、「引き出し」を選び、引き出し金額を選択してエンターキーを押すが・・・。

いや~ん、お金が出てこないでカードだけ戻ってきちゃう!

2回繰り返したが駄目だった。すぐに別のATMまで走り、再び列に並ぶが結果は同じ。どうやら銀行のシステムがダウンしちゃっているらしい。困り果ててホテルに戻り、同じく困り果てているレセプショニストのお兄さんと一緒にため息をつく。アントネッロが迎えに来るまでまだ1時間ある。1時間あれば復旧するかもしれないという微かな望みを持って一旦部屋に戻った。
で、1時間後・・・。

やっぱりダメだ・・・

アントネッロが銀行巡りをするから車に乗れという。無駄な抵抗のような気がするんだけど、半ば強制的に車に押し込まれ、それから4つの銀行へ行った。全滅だったけど・・・。
再び困り果ててホテルに戻り、レセプショニストのお兄さんと協議した結果、ホテルの銀行口座に日本から宿代を送金するということで決着。バカ高い送金手数料がかかってしまうが選択の余地はない。もう空港へ行かないとフライトに間に合わないのだ。

慌しくホテルを発ち、慌しく空港でアントネッロと別れの挨拶をし、フライトの30分前にチェックイン。セキュリティチェックでペットボトルの水を持っていることを指摘され、「待っていてやるから今すぐ全部飲め」と太目の係員のお兄ちゃんに言われるが半分しか飲めなかった。有無を言わさず取り上げられたピサの空港とはまったく違うのんびりした対応。さすがレッジョだ。

復路のエアチケットはレッジョカラブリア⇒リナーテ、マルペンサ⇒成田という経路だった。何故こんな面倒なルートを選んだかというと、一番安いチケットだったから。ただそれだけである。事前に調べたのはリナーテ空港⇔マルペンサ空港間をシャトルバスが運行していることだけ。何の根拠もなく所要時間は30分程度と思い込んでいた。これが大きな間違いであることに後で気が付くのだが・・・。

リナーテ空港に到着し、スーツケースを受け取ってマルペンサ空港行きのシャトルバス乗り場を探す。相変わらず凄い雨だ。ミラノは長袖を着ていても少し肌寒い。と、その時、目の端に携帯電話で話をしているマッツァーリ監督の姿が入ってきた。あれ?もしかして同じ飛行機に乗っていたの?!
監督はすぐに自分を見つめる私に気が付き、歩み寄ってきて右手を差し出した。込み入った話をしているようで、電話をしながらの握手だったけど、こんなところで出くわしたことが嬉しかった。
周囲の人たちがマッツァーリ監督に気が付いてしまい、監督を囲んで次々とサインや握手を求めてくる。電話が終わるまで待って、監督とちょっとだけ話をしたかったけど、これはちょっと無理そうだ。思いがけないところで会えただけで、もう一度握手できただけで満足しよう。
そのままロータリーの奥まで進み、ようやくシャトルバスの乗り場を探し当てた。で、時刻表を見て腰を抜かしそうになる。何と次のバスまで1時間以上待たなくてはならない。何でこんなに本数が少ないのよ!どうしよう、タクシーで行っちゃおうか。このまま待とうか。
時刻表の前で考え込んでいると、目の前に黒いリムジンが止まった。中から金髪の長い髪を後ろで一つに縛った背の高い男性が降りてきて、うやうやしく後部座席のドアを開けた。誰か偉い人を迎えに来たらしい。誰だろう?振り向くと、そこに立っていたのはマッツァーリ監督だった。まだ携帯で話中だ。長電話だにゃー。
髪の長い男性は監督の荷物を素早くトランクに積み込み、後部座席のドアを指して「どうぞ乗ってください」というように促すが、監督はそれを遮って私の元にやって来た。相変わらず電話しながらだったけど、もう一度私に右手を差し出す監督。さっき握手したばかりなのに。(笑)
「アッリデヴェルチ(さようなら)」と言うと、監督はニッコリと微笑み、握った手に力を込める。そして急いで車に乗り込むと、車の窓から短く手を振ってくれた。すぐに車は発車し、土砂降りの雨の中を走り抜け、あっという間に見えなくなる。それでも私はいつまでも車が走り去った方向を見つめていた。監督の温かい大きな乾いた手の感触が消えないように握手した右手を左手で包み込み、ザーザーという激しい雨音を聞きながら、呆けたようにその場に立ち尽くしていた。
神様、最後にもう一度監督に会わせてくれてありがとう。こんなステキなエンディングを用意してくれて本当にありがとう。きっと3年間監督を一生懸命応援してきたご褒美だね・・・。

シャトルバスは雨の中をひたすら走り続けるが、1時間経っても一向にマルペンサ空港に到着する気配はない。それもそのはず。帰国してから調べたら、「リナーテ空港はミラノの中心から約10km南に位置し、マルペンサ空港はミラノの中心から約50km北西に位置する」とあった。ということは約60㎞の距離があるわけで、そりゃ30分じゃ着くはずないわ・・・。結局この日は大雨だったからかもしれないが、所要時間約1時間30分。国際線に乗るというのに、アリタリアのチェックインカウンターで搭乗手続きをしたのが出発時間の40分前(大汗)。しかしフライトが30分遅れていたので、なんとか免税店で買い物をする時間を持てた。家族や同僚や友達へのお土産を手当たり次第に走り回って購入し、くたくたになって機内の席に沈み込む。ああもう、朝からなんて慌しい一日なんだ・・・。

成田まではボーっとしていた。私の席のパーソナルテレビが壊れていたので映画も観られなかったし、それ程空いていなかったので席の移動もできなかった。本を読む気にもなれずに、ただただイタリアでの楽しかった日々を思い起こしていた。
本当にいろいろなことがあったなぁ。今迄で一番濃い遠征だったなぁ。
うとうとすると夢の中で自分は必ず熱狂のオレステグラニッロにいた。爆発するような歓声。セリエアー!セリエアー!の大合唱。目を覚ますと暗い飛行機の中にいる味気ない現実に悲しくなり、ずっと夢を見ていたくて再び目を閉じる。それの繰り返し・・・。
こうしてレッジーナの奇跡の残留に立ち会うことができた私の2007年イタリア遠征は無事に終了した。

とんでもない長い遠征記に最後までお付き合いいただいた皆さん、長い間ありがとうございました。このあと番外編その2「トスカーナの苦虫野郎」へ続きます。
南イタリア遠征記2007 | Comments(4) | Trackback(0)
2008/06/01

十日目⑤:街はお祭り騒ぎ

スタジアムの熱狂は街中に移動していた。レッジーナのフラッグをなびかせ、残留を祝うクラクションを鳴らしながら走り回る車とバイクの群れ。カメラを向けると、みんな嬉しそうにポーズを作ってくれる。で、写真を撮った後に「グラッチェー!」と叫ぶと「ナッカムーラー!」と必ず返ってくるのが面白い。
愛すべきお馬鹿さんたちの写真は帰国直後に更新したエントリー『最高の休日』で紹介したけど、もう一度載せちゃおっと♪

バカ-1

バカ-2

バカ-3

こういうお馬鹿さんがいたる所に溢れかえっているせいで、海岸通り沿いの道路はもの凄い渋滞になっていた。この緑の建物はレッジーナの選手もよく来る人気のジェラート屋さん。

大渋滞の海岸通り

お馬鹿さんは歩行者の中にも大勢いた。海岸通りにはテレビカメラも出動していて、絶好調で盛り上がっている。誰かれ構わず目が合った人に「グランデ・レッジーナ!!!」と叫びまくる壊れちゃった人たち。私もすっかり壊れていたので、一緒になって数え切れないくらい「グランデ・レッジーナ!!!」と叫んできた。
途中ティフォージのバンに連れ込まれそうになって必死こいて逃げて笑い転げ、ああ、最後にこんなに大騒ぎしたのっていつだっけと記憶をたどる。専門学校の学園祭が最後だったかなぁ。なんか学生時代に戻ったみたい。

ホテル・ルンゴマーレに帰ってくるとスタッフが笑顔で私を出迎えてくれた。みんな私がどんな幸せそうな顔で帰ってくるか見届けようと待ちわびていたらしい。本当にいい人たちだ。
いつもは階段で自分の部屋の階まで上がるのだけど、さすがに疲れ果てて足が棒のようだったのでエレベーターを使った。で、私の階でエレベーターが止まって扉が開くと、そこにはカルロが立っていた。

ヘーイ、マッザーリーーー!!!

私を指差して叫ぶカルロ。さてはこいつ、この2年間これを言いたくて仕方ないのに我慢してきたな。そんでもって私が帰ってきたのを知って、エレベーターの前で待ち伏せしやがったな。しょうもないガキだ。(爆)

グランデ、レッジーナァァァ!!!
ミラコーロー!!!(奇跡)
サルヴェッツァァァァ!!!(残留)
セリエアーーー!!!


二人で万歳して飛び跳ねながら、次々と競うように雄叫びを上げる。ホテル中に私とカルロの叫び声が木霊した。大丈夫。今日だけは何をしてもカルロは怒られないだろう。だってレッジーナが奇跡を起こした特別な日だから。

シャワーを浴びてさっぱりした後、汗でぐっしょりになった残留記念Tシャツを洗面所で洗って濡れたまままた着る。だって今日はこれを脱ぎたくなかったんだもん。
明日の朝にレッジョを発つので荷造りを開始。そして9時頃にお腹が空いて、今日もピッツェリア『Qbizza』へ行った。

店内はレッジーナ奇跡の残留を祝う人々で満席だった。いつもの親切な黒人の店員さんが大きな笑顔で私に右手を差し出し「グランデ・レッジーナ!」とがっちり握手。今日のレッジョの民の合言葉は「グランデ・レッジーナ」。この言葉を口にするだけで誰とでも至福の時を分かち合えた。
残留記念Tシャツを着たジャポネーゼを見て、にわかに店の中がざわめく。
一人が「ジャポネーゼ?」と聞いてきたので「Si!」と答えると、何故かみんな「ナッカムーラー!!!」と叫び大きな拍手。そして誰もが立ち上がって「こっちにおいで!一緒に食べよう!」と手招きする。一番熱心に誘ってきたのがグループデートをしていた高校生と思しき8人グループの男子たち。しかし女子4人の冷たい視線にたじろぐ私。あ、お姉さん、青少年のデートの邪魔をする気はないから安心してね。
パニーニとコーラをテイクアウトし、店中の人たちから「チャオ、ナッカムーラー!」と見送ってもらった。いいな。あったかいな、ここの人たち。絶対にまた来年も来るからね。

すぐ近くのレストランでレッジーナ関係者は残留祝賀パーティを行っていた。この時間になっても屋上のテラスにいる選手たちに大声で呼びかけるファンが後を絶たない。
足を止めてレストランを見上げていると、隣に立ったお父さんが聞きもしないのに明かりの中に浮かび上がる背中を指して「ミステルだよ!」と教えてくれた。マッツァーリ監督だと聞いては写真を撮らないわけにはいかない。ということで、撮ったのがこれ。

まだこのレストランで食事したことありません

もう一枚。お父さんによると右側がマッツァーリ監督らしい。左にいるのは誰なんだろう。

本当に監督なのかなぁ?

心の中で「お願い振り向いて!」と念じたけど一度もマッツァーリ監督は振り向かなかった。まあ、最後に背中だけでも拝めたからいいか。10分ほど監督の背中に熱い視線を送った後でホテルに戻った。
この時はまさか翌日思いがけない場所で監督に出くわすとは思いもしなかった。
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2008/05/29

十日目④:レッジーナ×ミラン 試合後の風景

南クルヴァ前からスタートした選手たちによるスタジアム1周のランニング。バックスタンド前を経て、現在北クルヴァ前を通過中。まだ脱いでいない選手たちがファンの標的になっている。

私も一度ピッチ上に乱入してみたい

メインスタンド前でランニング終了!
グチャグチャでわけわかんねー状態になっているけど、私が確認できただけでも左から、下だけ脱いでいるルカレッリ、パンイチのランザーロ、仲良く肩を組んでいるトニョッツィとジョーザ、ガッツィ(上半身裸)、フォーティ会長、タコ社長アメリーニが映っている。縮小した写真じゃ確認無理かな?いや、レッジーナへの強い愛情があればきっと分かるはず。(笑)

まさに興奮の坩堝でした

選手たちが引き上げてしまってもスタジアムを去りがたくて、いつまでもピッチ上で騒いでいるファンたち。

ここを離れたくない気持ちはよく分かる

私自身もいつまでもスタジアムに残って、ファンが思い思いに喜びに耽る様を眺めていた。
ふと横を見ると、ちょっと離れたところで上品そうなお爺ちゃんがマッチデー・プログラムを読んでいた。せめてどんな内容だったのか見せてもらいたくて、英語で「すみません。ちょっと見せていただいていいでしょうか?」と尋ねたが、お爺ちゃんは英語が分からないようだった。しかし、私がマッチデー・プログラムを指差すと笑顔で差し出してくれた。ありがたい。
表紙はアモルーゾ(背後にテデスコも映っている)。下の方にはイレブンが肩を組んで一列に並んでいる集合写真が挿入されている。そして「ニック・アモルーゾと共にレッジーナは伝説となる」の文字。中身はマッツァーリ監督、アロニカ、メスト君、フォッジャ、ビアンキなどなど、たくさんの写真と記事がてんこ盛り。ああ、欲しかったよぉ。
すると私の心の声が聞こえたのか、お礼を言いながら返したプログラムをお爺ちゃんがもう一度私に差し出してきた。どうやらくれるらしい。ありがとう、お爺ちゃん!折り皺とお爺ちゃんが書いたと思われるボールペンの書き込みがあったりするけど、それでも嬉しい。涙が出そうなくらい嬉しい。何度もお爺ちゃんにお礼を言ってスタジアムの外に出た。

外は選手の出待ちの人々で溢れかえっていた。特にミランバスの周辺が凄いことになっている。しばらくすると「ピルロ!ピルロ!ピルロ!」という鼓膜が破れそうな大合唱が起こったので、どうやらピルロがバスに乗っているところらしいが何も見えない。ピルロの頭髪の欠片も映っていないのが悲しい・・・。

ピルロはどこ?

ミランバスは警備が厳重すぎて近寄れないので諦め、レッジーナの選手の出待ちの群れに加わる。そこにアメリーニが出てきた。

ダニエレー!!!
アメリーニー!!!
きゃあー、タコ社長ー!!!
←これ私

あっという間にファンに囲まれ、何故か皆から頭をぺちぺちと叩かれ、スキンヘッドが見る見るうちに赤くなっていく。かなり痛そうなんだけど、全く抵抗せずに硬く目をつぶりじっと耐えているタコ社長。だ、大丈夫か?(笑)
身の危険を感じたのか、タコ社長はまた中に戻っていってしまった。と思ったら、パレードの車が横付けされて、秘密の通路(あまりに混んでいて、どうなっていたのか確認できず)から選手がどんどん車に上がっていく。
一番ノリノリだったのがレッジーナの旗を振り回しているフォーティ会長。次いでファンの歌声に合わせてずっと飛び跳ねていたフォッジャとルカレッリ。二人は出場停止で試合に出られなかったからエネルギーが有り余っているのね。(笑)

フォーティ会長は盛り上げ隊長です

ファンと握手するランザーロとトニョッツィ。二人の動きがシンクロしていて笑ってしまった。

妙に笑える写真

選手全員が揃うまで30分以上かかっただろうか。その間ずっと選手たちの最高の笑顔を眺めていることが出来て幸せだった。一番の収穫は初めてトニョッツィの笑顔を見られたことと、おしゃぶりをくわえた赤ちゃんを抱き上げたモデストを見られたこと。本当に子どもがいたんだね。モデストベビーの写真は超ピンボケだったので載せないけど、パンパースのCMに使えそうなくらいかわいかった。女の子なんだろうか?

本当に子持ちだったモデスト

やがて車は大歓声に送られてゆっくり発車。ほとんどのファンがその後ろを追いかけていくけど、私はもう満足だったので、そのままホテルに帰ることにした。
と、その時、見覚えのある後姿を発見。

半袖オジサンだ!

待って!お願い、待って!
何度も人ごみに紛れて見失いそうになりながらも、何とか追いついてオジサンの背中を叩いた。振り返ったオジサンの左目には顔半分が隠れそうなくらい大きなガーゼが絆創膏で貼られている。オジサン、目の具合が悪くてサンタガタに来られなかったんだね・・・。
去年の私との2ショットを差し出し、「会えて嬉しいよぉ」とオジサンの手を握る。亡くなっていたわけじゃなくて本当に良かった。オジサンは右目もよく見えないらしくボンヤリしていたけど、それでも写真を見つめてグラッチェと繰り返していた。早く元気になって、また来年サンタガタで会おうね。

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