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2011/10/27

9日目:帰国

2010年5月16日(日)晴れ

いつものように朝食スペースのおじちゃんに部屋までブリオッシュとカプチーノを運んでもらった。冷蔵庫に残っていたハムとヨーグルトを片付け、リーノの差し入れのオレンジもやっとのことで完食。リーノのお陰でレッジョにいる間にビタミンCをたっぷり摂取できた。
チェックアウトの手続きをして、食べ切れなかった非常食の日本のチョコレートをフロントの女性にプレゼントと称して置いてきた。お気に召してくれたかしら。

約束の時間をちょっと過ぎた頃にアントネッロがやってきた。後は空港へ行ってローマ経由で日本へ帰るだけ。車の中では「今年の遠征も全部終わっちゃったなぁ」と虚脱感を感じていた。最後の最後に空港でカルモナと遭遇するというテンションの上がる出来事が待ち受けているとは思いもしなかった。この後の出来事はこちらのエントリーを参照のこと。
エピローグみたいなプロローグ
合間合間に興奮状態でヤス君にメールして、カルモナ遭遇実況をしていたのは言うまでもない(笑)

ローマ⇒成田の機内はパーソナルテレビが壊れていて映画を見られず。アリタリアは通路側の席のパーソナルテレビが壊れている確率が高い気がするのは気のせいだろうか。やることがないので空港で買い込んだ新聞を眺め、そのうち眠りに落ちていた。

               

レッジーナのB残留決定は最終節までもつれ込んだ。12位でフィニッシュしたものの、どうしようもなく情けないシーズンだった。スーパーBの面子を揃えて1年でA復帰するはずが、何もかもが裏目に出た感がある。内部昇格させたプリマヴェーラのブレダ監督(就任時40歳。トップチームを率いた経験無し)がここまで優秀じゃなかったらレガプロに落ちていたかもしれない。あれほど熱くレッジーナを応援していたティフォージに愛想を尽かされ、かつて人で溢れていたサンタガタもグラニッロも閑散としていた。
しかし落ちるところまで落ちたことで、ようやくクラブは一番大事なものが何であるかに気が付く。翌シーズン、レッジーナは生まれ変わった。明確なプロジェクトを打ち出し、少々のことではブレないクラブに変わりつつある。ファンとして1年間本当に辛かったけど、生まれ変わるためにどん底を見る必要があったんだと、今はそう思える。

               

帰国して約3週間後の6月11日に南アフリカW杯開幕。俊輔にとって選手としての集大成となるはずだったこの大会は、ドイツW杯に続いて悔しさしか残らない大会となった。“元うちの選手ナカ” の活躍を楽しみにしていたレッジョの民も、俊輔のプレーをあまり見られず残念に思ったことだろう。マリノスに復帰して代表を引退した俊輔の晴れ姿をこの先レッジョの民が拝める機会があるとしたら、それはクラブワールドカップぐらいしか思い浮かばない。今までどん底から何度も這い上がってきた俊輔が、もう一度這い上がってクラブワールドカップに出場できたら、それを見てレッジョの民が喜んでくれたらステキだなと思う。



いつになく完成に時間のかかった2010年遠征記がやっと終了しました。仕事をして、サッカー観て、試合レポ書いて、遠征記も書くというのは時間的に難しいものがありますが、基本的に書くことが好きなので体力の続く限り頑張っていこうと思います。
最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
アタランタファンとパルマファンもそこそこ楽しめるであろう2011年遠征記はもうすぐスタートです♪
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南イタリア遠征記2010 | Comments(2) | Trackback(0)
2011/10/22

8日目④:レッジーナ×ガッリポリ 試合後の風景

試合後はいつものようにメインスタンドのゲート前で出待ちスタンバイ。
今日は対戦相手がガッリポリなのでお目当ての選手がいない。アウェイチームの選手をチェックする必要がないので非常に楽だ。因みにレッジーナの選手の出口とアウェイチームの出口は100mくらい離れている。アウェイチームとは鉄柵の門越しにしか触れ合えないけど、親切な選手は門のところにやってきてサインに応じてくれる。去年は対戦相手がカリアリで、アックアフレスカ君はサービス精神旺盛だった。私はミケーレに邪魔されて触れ合えなかったけど…。
レッジョ編vol.26【レッジーナ×カリアリ 試合後の風景】
レッジーナの選手は歩いて帰る選手と道を挟んで向かいにある駐車場から車で帰る選手と半々。毎年一人だけチームバスで帰るのがヴィジャーニ。バスの倉庫とヴィジャーニ家が近いのだと思われる。

選手が出てくるのを待っていると、背後から何者かが聞き覚えのあるフレーズを叫びながら駆けてくるのがわかった。その声がだんだん近付いて大きくなる。

バカヤロー、バカヤロー、バカヤロー!!!

声の主はバレートLOVEのおデブちゃんとヴィットリオ。例の練習見学の同士たちだった。おお、3日経っても私が教えた日本語を忘れずにいるとは大したものだ。褒めてあげよう。
VIP席からは全然聞こえなかったけど、皆でクルヴァから「バカヤロー!」と叫んだらしい。ちゃんと主審には聞こえただろうか?

確か最初に出てきた選手はフィオリッロだったと記憶している。チームの勝利が嬉しくてたまらないのか、兄貴分のボナちゃんが久々にゴールしたのが嬉しくてたまらないのか、はたまたその両方なのか、とにかくご機嫌でニコニコしている。声をかけてくるファン全員に笑顔を振りまいていて、私も便乗して挨拶すると無邪気な笑顔で「チャオ♪」と返してくれた。カワユイな~
夏にプッジョーニ様を追い出してまで獲得したマリオ・カッサーノが冬メルでサンプに逃亡し、代わりにレッジョにやって来たのが1月13日に20歳になったばかりのフィオリッロだった。当時レッジョの民にとってサンプはすっかり不幸を運んでくるクラブと化していて(思えばB降格もルイジ・フェラーリスでの5-0が引き金となった)、「またサンプかよ!しかもこんな子ども獲ってきて会長は何考えてんだ、ああん?」と激怒。すぐに試合で使われ始めると「シーズン終了後にサンプに返却される小僧に修行させてあげたってレッジーナには何のメリットもないじゃないか!同じ未熟なGK使うならうちのマリーノ使って成長させろ!」と猛反発(←私がたまに覗くフォーラムでの反応)。失点すればフィオリッロには容赦なくブーイングが浴びせられ、若い選手が経験を積むのに間違っても理想的とは言えない酷な環境だったと思う。それでも第22節チェゼーナ戦から第26節チッタデッラ戦まで(このあと指を骨折して離脱)スタメンでプレー出来たことはフィオリッロにとって貴重な経験になったに違いない。本当に何の得にもならないのに君を信頼してゴールを守らせたお人好しのクラブに対して、君が好ましい感情を抱いてくれているといいなと思う。

私にとって試合後の出待ちのメインの目的は、選手の嫁や恋人を拝むことである。故に家族や恋人とリラックスしている選手には話しかけずに遠目に眺めていることが多い。だからテデスコが出てきて嫁と息子二人のもとへ行ったときも、私は離れた場所からその様子を見守っていた。それなのに、、、

ほらテデスコが出てきたぞ!こっち来い!

おせっかいなミケーレが私を手招きする。いや、別に傍に行かなくていいんだけど…
ミケーレに無理やりテデスコ一家が集まっているところに連れて行かれ、テデスコ嫁に「オマエの旦那、このジャポネーゼにユニをプレゼントしたんだぜ!」みたいな意味不明な紹介をされる。私ゃどんな顔してテデスコ嫁と向き合えばいいんだろう?
戸惑い気味の私にテデスコ嫁は「ピッコロ・ペッシェの人ね!」とクスクス笑う。

ピッコロ・ペッシェ(小さい魚)???

ああ、私がお土産に持ってきた釣りキチ三平ルアーコレクションのことか!まあ確かにピッコロ・ペッシェだけど、あれは単なるオモチャではなくルアーだと嫁は分かっているのだろうか?嫁が分からなくてもテデスコが分かっていればいいんだけど。…分かっているよねテデスコ?
明日日本に帰ると告げると、テデスコが“Buon viaggio!”と言ってくれた。かわいいジュニア二人もチャオと挨拶してくれた。ありがとう、また来年会おうね!

今日すんごいゴールを決めたバリッラが上機嫌で出てきた。ファンに囲まれて口々にゴールを褒められ、すっかり有頂天のニーノ君。私を見ると100万ボルトの笑顔で「チャオ!」と手を振ってきた。君って本当に真夏のヒマワリみたいな子だよね。

ミッシとマリーノも帰る前に私に気付いて挨拶してくれた。二人とも迎えに来ている彼女はいなかった。今年は選手の彼女遭遇率が少ないなぁ。
アデジョの近くには行けなかったんだけど、人混みの中に私を見つけると真っ白な歯を見せて大きく手を振ってくれた。こんな遠くにいるのに気付いてくれて感謝!
ブリエンツァは人気者過ぎて全く近づけず。オマケに小さいからファンの群れに埋もれて姿を見失ってしまった。フランコさん、もう少し大きくなろうよ。←無理だから

英語の話せるカッショーネが出てきたので「勝利おめでとう!」と英語で話しかけたのだけど、この日のカッショーネはあまり感じが良くなくてちょっとショックだった。
しかし、この時期カッショーネはクラブと監督から信頼されていないと感じて相当苦しんでいたことを1年半経ってから知ることとなる。そういえば練習場でも毎日疲れた表情をしていたっけ。後から事情を知ると彼が笑顔で私と接してくれなかったのも仕方のないことだったのだと納得できる。皆いろいろあるよね。忘れた頃に「ああ、あれはそういうことだったのか」と腑に落ちることも結構多い。

カルモナが出てくると、チビッ子二人が写真のおねだり。カルモナは嬉しそうにチビッ子の背後から肩に手を置いて写真に納まっていた。チビッ子もラブリーだったけど、カルモナも負けないくらいラブリーだわ~
記念撮影が終わったカルモナはチラッと私を見たけど、すぐに別のチビッ子に声を掛けられる。子どもに大人気だね。ファンから解放されたら話しかけようと思っていたのだけど、そこに1歳くらいの赤ちゃんを抱いたモンティエルが表れた。

モンティ子持ちなの?!(ノ゜⊿゜)ノ

いや、ヴァルデスの子どもかもしれない。でも板前さんは近くにいない。
しばらくすると赤ちゃんを抱いたモンティはカルモナと一緒に歩き出し、通りの向こう側の駐車場へ消えた。赤ちゃんに気を取られてカルモナに話しかけるの忘れちゃったよ。
も、もしかしてカルモナの子ども?…まさかね
この時は“カルモナの子ども説”を自分の中であっさり否定したけど、実はカルモナの子どもである可能性も捨てきれないことを最近知ることとなる。その話はもうすぐ始まる2011年遠征記の中で。

いつも一緒に行動していヴァルデスを待たずに二人は一台の車で先に帰った。後部座席には相変らずアレクシスがいる。君はいつまでレッジョにいるの?
「ヴァルデスはドーピング検査に引っかかっているんだ」
地元紙の記者さんとミケーレがそう教えてくれた。そうか、板前さんおしっこが出ないのか。
ちょうど試合後の監督と選手の会見が終わったらしくマスコミの人たちがゾロゾロと出てきた。で、またミケーレが「彼女は日本のレッジーナファンだ!」とおせっかいに私を紹介する。少し放っておいてくれないかなミケーレよ
4~5人の記者やカメラマンが「ナカムラW杯に出るね」「ナカムラ調子どう?」と話を振ってきたけれど、イタリア語が不自由な私は会話を発展させることが出来なかった。ああ悔しい。いつまでもイタリア語が上達しない自分が情けない。でもレッジョのマスコミの人たちが俊輔のことを気に掛けてくれているのがとても嬉しかった。
このうちの一人が「ホテルどこ?車で送ってあげるよ」と申し出てくれたけど、ホテルまでたいした距離じゃないので丁重にお断りした。

今日の勝利でB残留に一歩近付いたので、ブレダ監督が晴れやかな笑顔で出てきた。私を見ると目尻を皺だらけにして手を振るブレダさん。わーい、監督が優しくしてくれるのってマッツァーリ以来だわ~♪(あ、ウリビエリ爺ちゃんも面白い人だったけど)
鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌で帰路についたブレダさん(監督なのに徒歩で帰るのね?)、ちょっと進んでから後を振り返り、お茶目な笑顔で私だけにもう一度手を振ってくれた。私だけによっ!←ここ凄く大事
監督のこんな笑顔が見られるとファンもとってもハッピーな気持ちになれる。ブレダさんならレッジーナをきっと残留させてくれるに違いない。新米監督頑張れ~!

ヴァルデスはまだおしっこが出ないらしく、残念だけどお別れの挨拶は諦めることに。あーん、板前さーん
最後に倉庫に戻るチームバスで帰るヴィジャーニをお見送りしてからミケーレと一緒にグラニッロを後にした。これにて全ミッション完了。今年も楽しかったなぁ。チームを激励するというより自分がたくさん元気をもらった。毎年「今年の遠征が今までで一番楽しかった」と思えることは本当に幸せだと思う。

ミケーレと歩いているとクラクションと共に一台の車が止まった。さっき送ってくれると言ってきた記者さんだ。
「彼は俺の友だちなんだ!ほら、送ってもらえ!」
ミケーレに記者さんの車に強引に押し込まれ、結局は送ってもらうことになってしまった。宿はスタジアムから近いので5分もしないで到着。イタリア男らしく、すぐには下ろしてくれなかった。
「今夜一緒にピザを食べよう。9時に迎えに来るから」と記者さんは言う。
9時?なんでそんなに遅いのよ。明日の朝便でレッジョを発つのに夜更しなんてしてられんわ。
「荷造りしなくちゃいけないし、朝も早いし」と渋る私に「ピザを食べた後に荷造り手伝ってあげるし、朝も空港まで送ってあげるよ」と引き下がらない記者さん。因みに会話はイタリア語と英語のちゃんぽん。
うーん、困ったなぁ。明日はいつものようにアントネッロに空港まで送ってもらうことになっているのよ。レッジーナの番記者とお友達になれるのは光栄だけど9時は遅い。アントネッロを断るのも面倒くさい。やっぱりダメ!
ということで、何とか記者さんには今夜のデートを諦めてもらった。あー、疲れたぜい

南イタリア遠征記2010 | Comments(4) | Trackback(0)
2011/10/14

8日目③:レッジーナ×ガッリポリ 試合中の風景

帰国後に試合レポを書いているので、試合内容についてはそちらを参照のこと。
セリエB第40節レッジーナ×ガッリポリ 私が生観戦すればグラニッロでは負けないのさ
ここでは試合以外のことや雑感を順不同にあれこれ記しておこうと思う。

試合開始の時刻になれば駆け込みでやって来た観客で少しは席が埋まるかと思ったけど、キックオフ直前になっても客の入りはイマイチだった。私の席の左右5つは空席のままで(誰が隣かなんて心配する必要はなかった)、VIP席半分も埋まらず。いや、VIP席だけじゃなくてスタジアム全体が半分も埋まっていない。ここまで埋まっていないグラニッロは初体験。
バックスタンドはスッカスカ~。

スッカスカのグラニッロその1

南クルヴァもスッカスカ~。

とっても寂しい南クルヴァの埋まり具合い

1年でセリエAに復帰すべくノヴェッリーノ監督を招聘しスーパーBの陣容を揃えたのに、全く機能しなかったチームへのティフォージの失望の大きさが伺える。ノヴェッリーノ一派の半分以上は冬メルで姿を消し、残されたメンバーと呼び戻されたメンバーでセリエB残留を目標にもがいている状況では、ティフォージがスタジアムから離れてしまっても仕方ないのかもしれない。サンタガタ練習場も極端にファンが少なかった。私一人で出待ちだなんて2004年の初遠征以降初めての経験だ。だから選手たち、私のことをあんなに歓迎してくれたんだろうな。Bに落ちたのに、どうしようもないシーズンを送っているのに、それでも日本からわざわざ激励に来たから。だからもの凄く嬉しかったんだろうな…。

この日の最終ライン3枚の左にはコスタが入ったが、左SBもしくは左SHの彼がCBとして使われるのはDFの枚数が足りない緊急事態時くらい。そのコスタが翌シーズンCBにコンバートされてブレークするとは、この時は思いもしなかった。

この日FWの軸であるブリエンツァの相棒に選ばれたのはボナッツォーリ。一度は代表にまで呼ばれたものの近年は試合にさえ出られない日々を送っていたボナちゃん。ノヴェッリーノと共に「あの頃のサンプの再現」を夢見てレッジョに戻ってきたものの復活ならず。レッジョの民から終わった選手として諦められていたのに、翌シーズン生き返って19ゴール(カップ戦含む)も量産するとは、この時は思いもしなかった。コスタのCBコンバート以上に想像できなかった。
それにしてもボナちゃんがミスするたびにブーイングが凄まじい。多くのティフォージにとって彼は失敗したシーズンの象徴なんだろうなぁ。

ハーフタイムにトイレに行くと、VIP席とその次に高いカテゴリーの人たち用のトイレがまともであることに驚いた。グラニッロのトイレといえば、紙がない鍵が壊れている電気がつかない水が流れない4重苦だったりするのだが、このカテゴリーのトイレは全てが揃っていた。やれば出来るじゃん。他のカテゴリーのトイレも頑張ってキレイにしようよ、フォーティ会長。
まあ私は中国やベトナムで非常にパンチのあるトイレを経験しているので、4重苦ぐらいじゃ全く動じないけどね。

後半17分のカルモナOUT、カッショーネINの交代は、前半一番たくさん拍手をもらえていたカルモナの交替にざわめきが起こった。カルモナは前半1枚イエローを貰っていたから用心のために代えられたのだとこの時は思っていたのだけど、交替の理由が別のところにあったことは今ならわかる。
試合翌日にW杯のためにチリ代表に合流したカルモナにとって、この試合はレッジーナでのラストゲームになる可能性が非常に高かった(そして実際そうなった)。だからファンから拍手で送ってもらえるように途中交替させ、お別れの場面を作ってあげたのだろう。そういうブレダ監督の思いやりだったのだと思う。
このとき私はカルモナが翌日レッジョを離れることを知らなかった。ファンの拍手に両手を挙げて答えていたカルモナはどんな気持ちだったのかな。最後だって知っていたら、もっと大きな拍手をしてあげたのに…。

私の斜め後にいたカルモナファンのだみ声姉ちゃんは、カルモナ交代に嘆きまくっていた。レッジョの民はカルモナが代表に早期合流することを知っていたんだろうか。だみ声姉ちゃんは早期合流を知らずに単にカルモナの交替を嘆いていたのか、それとも早期合流を知っていて「きっとW杯で活躍して売られちゃうわ。今日でレッジーナでのプレーは見納めなのよ」と嘆いていたのか。いずれにせよ、えらいデカイ声の姉ちゃんだった。今でも彼女の声が耳にしっかりこびりついている(笑)
だみ声姉ちゃんの父親と思われるオジサンがまた面白い人だった。ハーフタイムにトイレで用を足してきた私が通路側から「いち、に、さん」と日本語で数えながら自分の席まで戻ってくると(あまりに空いていると自分の席が分からなくなるのよ!)、私が数を数えているとわかったらしく「ウノ、ドゥエ、トレ」と声を重ねてイタリア語で数え始めたのだ。そして6番目の自分の席で私が「ろく!」と叫ぶと、向こうも「セーイ!」と叫び、間違えずに自分の席に戻ってきた私に拍手してくれた。隣でだみ声姉ちゃんが笑い転げている。
もうVIP席に座ることはないと思うけど、この二人は感じ良かったのでもう一度会えたらいいなと思う。

試合は前半のバリッラのスーペルゴールと後半のボナちゃんのごっつぁんゴールで勝利。ガッリポリに1点返されたけど貴重な勝ち点3をゲットしてB残留が見えてきた。2004年以来グラニッロで私が観戦した試合で負けは一度もない。そろそろ選手の誰かが気付いて勝利の女神認定してくれてもいい頃だと思うんだけど。←図々しいにも程がある

すんごいゴールを決めたバリッラが試合終了後ボールボーイにせがまれてユニの下を脱いでプレゼントしていた。
いつも不思議に思うんだけど、どうしてレッジーナの選手は下から先に脱ぐんだろう?先に上をあげちゃって、他のファンからも求められて仕方なく下も脱ぐっていうなら分かるんだけど、皆さん最初から下を脱ぐのよ。どうして?

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2011/09/24

8日目②:レッジーナ×ガッリポリ 試合前の風景

サンタガタでチケットを買って戻ってきてから雲行きが怪しくなり、少しだけスコールみたいな雨が降った。でも午後にはまたお日様が顔を出した。涼しい風が吹いていて選手にとっても観客にとっても好ましい天候だと思われる。
今年の宿はグラニッロまで比較的近く、まったく疲れを感じないまま徒歩でスタジアム前広場に到着。まずはマッチデープログラムを入手せねば!
いつもの場所(スタジアムを前にして広場の左側)にバンが止まっていて、その横でスタッフのおじちゃんがプログラムを配っていた。
「すみません、日本の友だちの分もいいですか?」
そうお願いするとおじちゃんは2部くれた。いや、自分とヤス君とわらぴーさんの分だけでも3部必要なんだけど。
「あの、もう1部…」
図々しく微笑む私におじちゃんは一瞬呆れた顔をした後「ほら、日本で配れ!いいな!」とガバッと10部以上掴んで渡してくれた。
何もそんなにくれなくても…。重いじゃん…
そんな気持ちは億尾にも出さず丁重にお礼を言って次はフリー冊子を探す。こちらもいつもの場所(広場入口の右側)にごそっと置いてあったので6部ほど入手。いっきにバッグがずっしり重くなった。
バッタ物の出店は1件しか出ておらず、今年は心躍る商品には巡り合えなかった。やはり過去最高のネタ商品は奇跡の残留を果たした翌年に売っていた「あんた神!」の文字とフォーティ会長のガッツポーズ写真がプリントされたTシャツだろう。あれを凌ぐモノには未だ出会っていない。

VIP席というところは美しいエスコートレディが席まで案内してくれることになっている。うーん、勝手が違って緊張するなぁ。
まだ時間が早いこともあり、私の席の周りに人はほとんどいなかった。因みにVIP席というところは、こんな上質な椅子で観戦できるのだ。

生まれて初めてのVIP席

選手の練習を眺めているあいだに、どんどん人がやって来た。私を見るなり「なんでチーノがいるのよ」と眉をひそめるイタリア女が一人。けっ、ここにもビッチがいやがったぜ。
一方“Salve!”と笑顔で挨拶してくるイタリア男たちは5人くらい。他は私にまったく興味を示さなかった。
「日本人か?ナカムラどうしてる?」
なんてやり取りをしながら和気藹々と観ている方が楽しいな。来年はまた安い席に戻るとしよう。

試合開始が迫ってきた頃にフォーティ会長が姿を現した。私の席から10列程前の通路側が定位置らしい。よかった!隣じゃなかった!
会長はVIP席に私がいるのを見ると「うん?」という感じで振り返った。そして私をしばらく見つめる。
な、なにか?
特に言葉はかけられなかったし、特別な感情は会長の表情からは読み取れなかったけど、「こんなガラガラなのに高い金(70ユーロ)出してVIP席買ってくれたのか。ありがたい」くらいのことは感じてくれたかしら。

会長の登場から数分後に身なりの立派な男性が数人の取り巻きを連れてやってきた。まずフォーティ会長が立ち上がって挨拶し、周囲の人たちも次々に立ち上がってその男性に挨拶している。偉い人なの?
その男性の席は私と同じ列らしく、私の前の通路を歩いてきた。やはり周囲の人たちが次々と起立して挨拶している。そして男性は私の前で立ち止まった。
「このアジア女性はなぜ立たないんだ?」とでも言いたげな表情で男性と取り巻きの人たちが顔を見合わせる。
えーと、どこかで顔を見たことある気がするけど、でも知らない人だし、初対面なんだけど、それでも立たないといけないのかしら?
向こうが私を見つめるので私も男性を見つめ返す。どうしていいのか分からずにまごまごしていたら、その男性は肩をすくめて行ってしまった。
あ、思い出した!どこかで見たことある顔だと思ったらスコペッリーティ市長(州知事だっけ?)だ!レッジーナ関連の記事に時々写真が載ってるよ!

レッジョで一番偉い人スコペッリーティ氏

す、すみません、レッジーナを大いに支援してくださっている方なのに見た瞬間に誰だかわからなくて。つーか、次からは誰だかわからなくても立ち上がって挨拶しとくのが無難だな。うん。

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2011/09/21

8日目①:勢いでVIP席購入

2010年5月15日(土) 時々

今日アントネッロはピックアップの仕事が立て込んでいて私の送り迎えは出来ない。ということで中央駅でタクシーを拾うことにした。
「サンタガタまでいくら?」
おじさんドライバーに尋ねると「20ユーロ」という返事。高いな。
「この前は15ユーロで行ってくれたんだけど」
しかし私の下手糞なイタリア語が伝わらず「チネーゼの言っていることは解らん」みたいなことを言われてしまった。
「チネーゼじゃなくてジャポネーゼ!」
片言のイタリア語しか話せないアジア女性がすぐに突っ込みを入れてきたので、ドライバーは驚いて「失礼!イタリア人にはチネーゼとジャポネーゼは見分けが付かないんだよ」とみたいなことを言い訳してきた。や、単に間違いを訂正しただけで別に怒ってないってば。
「サンタガタまで15ユーロ!」
シンプルな言いまわしで主張すると「わかったよ。15ユーロね」と簡単に値下げしてくれた。思い切って10ユーロまで値切ってみれば良かったかしら。
このドライバーにはサンタガタまで大音量でパヴァロッティを聴かされて耳が痛くなった。

9時半にサンタガタに到着。試合当日の今日しかチケットを販売していないのに、チケットを求める列は非常に短かった。今日のグラニッロは閑散としていそうだな…。
「トリブーナの席を1枚ください」
カウンターの姉ちゃんにそう告げると座席表を私に見せながら「端の方?それとも真ん中がいい?VIP席なんてどう?」と、いつもは営業なんてしないのにVIP席を勧めてきた。英語をしゃべる若い男性スタッフまで一緒になって二人して熱心にVIP席を勧めてくる。

そんなに経営が苦しいのか…

「…じゃあVIP席を」
ついつい勢いでそう口走ってしまった。すると、それを聞いたスタッフ二人が力強いガッツポーズ。どんだけ貧窮しているんだレッジーナよ。このクラブ大丈夫か?
70ユーロと小額だけどファンとしてクラブの財政に寄与できたわけで、嬉しそうなスタッフ二人の笑顔を見て満足感に浸っていたのだけど、よく考えたらVIP席ということは近くにフォーティ会長がいるってことじゃない?

隣だったらどうしよう…

隣がジャッケッタだったら死ぬほど嬉しいけど、隣が会長だったら緊張して試合観戦どころじゃないわ。
午後までずっと隣が誰かを想像しながら過ごし、ビクビクしながらグラニッロに向かう私であった。

南イタリア遠征記2010 | Comments(2) | Trackback(0)
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