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2006/05/24

南イタリア遠征記2005インデックス

南イタリア遠征記2005のインデックスを作りました。右側にあるリンク集に入れておきます。
「スンタンとの遭遇エピソードをもう一度読みたいわ~」とか「パレデスの男前な写真をもう一度拝みたーい!」と思っても、ブログって過去の記事を探し出すのが結構面倒ですよね。作者としては読者の皆さんに何度でも読んでいただきたいので、簡単に振り返れるように全てのエントリーのリンクを貼りました。どうぞ読みたいタイトルをクリックして、それぞれのエントリーに飛んでくださいませ。
リンクに間違いを発見した場合はコメント欄にてお知らせください。

プロローグ:マルタ島の夢破れる

一日目①:成田→レッジョ
一日目②:ホテル・ルンゴマーレ

二日目①:リパリ島行きのフェリー乗り場はどこ?
二日目②:マッツァーリではなくマッザーリ
二日目③:チケットが売ってない!
二日目④:準備完了!あとは俊輔に会いに行くだけ
二日目⑤:陽気なタクシードライバー
二日目⑥:突然の練習中止
二日目⑦:タクシー呼んでよ・・・
二日目⑧:イタリア男の優しさに大感激
二日目⑨:著作権に目覚めたレッジーナ?
二日目⑩:日本語が部分的に文字化けするネットカフェ
二日目⑪:「LE PALME」でディナー

三日目①:頭はいいけど不細工な監督?!
三日目②:イタリア人は不倫の恋がお好き
三日目③:空飛ぶフェリー
三日目④:ホテル・カラスコ
三日目⑤:この街は迷路
三日目⑥:ディナーは夜の海に包まれて

四日目①:テラスで朝ごはん&お庭散策
四日目②:丘の上の古代都市
四日目③:雨の午後
四日目④:陽性スケベのトルコ人

五日目①:釣り船貸切クルーズ
五日目②:硫黄の臭いがたちこめる島
五日目③:泥温泉でお肌すべすべ?
五日目④:岩場でスタントマン気分を味わう
五日目⑤:『Filippino』でフィーゴに給仕される
五日目⑥:今宵も陽性スケベのトルコ人

六日目①:再びレッジョへ
六日目②:街中で記者さんたちと遭遇
六日目③:再びサンタガタへ
六日目④:意外と二枚目なコルッチ&突然現れた俊輔
六日目⑤:むちゃくちゃ明るいボナッツォーリ
六日目⑥:報知の白田さんとの会話その1
六日目⑦:報知の白田さんとの会話その2
六日目⑧:日刊の佐藤さんとスポニチの神尾さん
六日目⑨:面白かったセットプレーの練習
六日目⑩:あどけない天使ボウディアンスキー
六日目⑪:居残り練習の風景
六日目⑫:監督の大きな手
六日目⑬:とっても変な子ミッシローリ
六日目⑭:大人っぽくなったメスト&かわゆいフランチェスキーニ
六日目⑮:かっこよかったデローザ&流し目ボリエッロ
六日目⑯:俊輔の香り2005
六日目⑰:やっと会えたパレデス&小柄なエステベス&フレンドリーなバレストリ
六日目⑱:用心棒ソビエロ&陽気なモザルト&正体不明の選手たち
六日目⑲:俊輔フィギュア大好評
六日目⑳:声の主はコルッチ?

七日目①:超不愉快なナンパ男
七日目②:スタジアムの外でサポ同士の小競り合い
七日目③:レッジーナのマッチデー・プログラム
七日目④:試合前の練習の風景
七日目⑤:空いてる席が私の席?オレステグラニッロの観戦ルール
七日目⑥:レッジーナvsレッチェ キックオフ直前
七日目⑦:レッジーナvsレッチェ前半 俊輔を殴ったのは誰だ?
七日目⑧:ハーフタイムは俊輔フィギュア争奪戦
七日目⑨:レッジーナvsレッチェ後半 ひたすらパス回しの45分
七日目⑩:やっと手に入れたレッジーナの集合写真
七日目⑪:約束をすっぽかした仕返し

八日目①:シッラの他に行きたかった場所
八日目②:崖の上のカステッロ
八日目③:ヤナギサーワ、スシ・ヴォーノ!
八日目④:水上レストランで絶品うにパスタを食す
八日目⑤:シッラの路地
八日目⑥:最後の夜

九日目:俊輔と一緒に帰るはずだったのに・・・

番外編その1:Thank you for everything.
番外編その2:私にとって中村俊輔とは
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南イタリア遠征記2005 | Comments(2) | Trackback(1)
2006/05/07

番外編その2:私にとって中村俊輔とは

本当はこのテーマについては南イタリア遠征記2004を書き終えた後に書くはずだった。だけど書き終わらないうちに次の遠征に出てしまって、そのまま放置。2年越しのテーマをここで完結させてみようと思う。

「私にとって中村俊輔とは」
私がこのことを考えるきっかけとなったのは俊輔の結婚だった。2004年2月、突然の結婚報告にファンは騒然となったけど、私は俊輔の結婚に全くと言っていいほどショックを受けなかった。むしろ俊輔の結婚に多くの女性ファンがショックを受け、あちこちの掲示板で取り乱したコメントをしたり、いつまでも立ち直れなかったりしていることに大きなショックを受けた。というか、皆がこれほどまでにショックを受けているのに、全然ショックを受けていない自分にショックを受けたというべきだろうか・・・。

私は俊輔が大好きなはずなのに、どうしてショックを受けないんだろう。
私は彼女たちほど俊輔が好きじゃなかったということなんだろうか・・・。

俊輔のことを純粋にサッカープレーヤーとして見ているからピッチ外のことには一切興味がないのかと問われれば、答えは間違いなく「ノー」である。常日頃俊輔の写真や映像を見ては「スンタンかわいい~♪」と騒いでいることは周知の事実だし、プライベートのこぼれネタは大好きだし。
では、私にとって中村俊輔とはなんなんだろう。この時既に初の南イタリア遠征が決まっていた私は4月にイタリアへ旅立った。俊輔に会えば答えが出るかもしれないという期待を胸に。

しかし、実際に俊輔に会ったら、答えが出るどころか更なる疑問が生まれてしまった。
南イタリア遠征記2004を読んでくださった皆さんは既にご存知のとおり、私は俊輔の前でまったく緊張しなかったのである。イタリアまで追いかけていくほど大好きな選手なのに、しかも初めて会ったというのに、本人を目の前にしても緊張すらしないとはいったいどうしたことか・・・。
元々私が人見知りをしない性格だから。あるいは時々通訳まがいの仕事を任されるので度胸が据わっているから。そういう理由で緊張しないのだろうか。それとも実際の俊輔とそれまで私が思い描いてきた俊輔のイメージの間にあまりにブレがなかったので、妙に安心してしまって緊張しなかったのだろうか。たぶん両方とも正解だけど、でも、それだけじゃないような気もする。
しかも、このとき私は不思議な感覚に襲われていた。一つは現実感を伴わないフワフワした感覚。目の前にいるのは紛れもない中村俊輔であり、実際にいくつかのやり取りをして言葉も交わしたのに、なぜかテレビの映像を見ているような、その中に自分が入り込んだような感覚。もう一つは、以前私はこれと同じシチュエーションを経験しているという既視感(俗に言うデジャヴのこと)。俊輔に会ったのはこれが初めてなのに、何故こんな感覚を覚えるのだろう。

帰国してからも私はずっと考え続けていた。あのとき感じた既視感はなんなんだろう。。。私はいつどこであれと同じシチュエーションを経験したんだろう。。。そして帰国から数ヶ月経った朝の通勤電車の中で急にひらめいた。

思い出した!ケアンズ郊外の動物園だ!

随分前に母とオーストラリアを旅行したときに私はケアンズ郊外にある動物園を訪れ、そこで初めて本物のコアラと遭遇した。コアラと一緒に写真を撮るために列に並び、自分の番が来るとコアラを抱いた係員の隣に立って笑顔で写真に納まり(当時はコアラがストレスを感じるからという理由で抱かせてもらえなかった。今でもそうなのかな?)、それが終わったら、はい、さようなら。そうだよ。これだよ。この時と同じ感覚だよ。
コアラというのは実際に自分で飼うことは考えられない、ある意味現実感のない動物である。とってもかわいくて抱きしめたくなるけど自由に触ることは許されない。コアラが弱ってしまうと困るので絶対にストレスを与えてはいけないのだ。
中村俊輔というは、ファンと選手として一瞬だけ時間を共有することはあっても、彼の人生と私の人生とが交わることはない、ある意味現実感のない存在である。とてもかわいいので、思わず手を伸ばしてふわふわの髪に触りたくなるけど、そんなことをしたら思い切り引かれる(怖がられる?)ので自由に触ることは許されない。俊輔が弱ってしまうと困るので、ファンは絶対にストレスを与えてはいけないのだ。
そうか、俊輔はコアラだったんだ。だから結婚してもショックを受けなかったんだ。だから本人に会っても緊張しなかったんだ。そうか、そうか。そうだったのか。そういえば一見大人しく見えるところとか、ユーカリの葉しか食べないという“こだわり”があるところも似ているぞ?

当然のことながら2005年の遠征時も私は俊輔の前でまったく緊張しなかった。正直に告白すると「今年も俊輔コアラとご対面!」と心の中でつぶやいていた。一児の父になっても相変わらずかわいい俊輔。ついつい触りたくなるのを我慢して、俊輔が心地いいと思うファンとの距離感を尊重しつつ、束の間の遭遇を楽しんだのだった。

「私にとって中村俊輔とは」
結論:コアラ
注)もちろん一サッカーファンとして彼のプレーに魅了されていることは付け加えるまでもないよね。


2年越しで出した結論がそれかい!とツッコミが入りそうだけど、当の本人はすごく納得しているので、これでいいのである。(笑)
これにて南イタリア遠征記2005は終了。では、次の旅に行ってまいります♪
南イタリア遠征記2005 | Comments(15) | Trackback(1)
2006/04/29

番外編その1:Thank you for everything.

今季あなたがレッジーナのためにしたこと全てにありがとう。

私がサンタガタでマッツァーリ監督に手渡した手紙はこの一文で始まっていた(書いたのは英語だけど)。他のことはさておき、真っ先に感謝の気持ちを伝えたかった。「ありがとう」を何度言っても足りないし、「ありがとう」以外にしっくりくる言葉は見当たらない。だって、レッジーナでパスサッカーを見られるなんて思ってもみなかったから。

いつもパスサッカーができたわけではない。弱小クラブゆえに、力が及ばなくてパスサッカーを貫けないときもあった。特にシーズン中盤以降は相手チームに研究され、パスの出しどころを抑えられて思うようなサッカーができないことも多かった。シーズン終盤は疲労から怪我人が続出して、まともなメンバーを組むことすら難しい時期もあったし。
とにかくスペースの少ないセリエA。劣悪なピッチコンディション。話にならないくらい薄いレッジーナの選手層(チームの約半分はセリエBから連れてきた安くて経験の少ない選手たち)。そして残留のためには内容よりも結果を重視しなければいけないという厳しい現実。おそよ華麗なパスサッカーをするには最も適さない条件が揃っていたレッジーナ。セリエA初挑戦の若い新人監督マッツァーリは、理想と現実の狭間で采配に迷いが見られることもあったけれど、それでも与えられた条件ででき得る最良のことをしてくれた。私はそう思っている。

この監督はボール繋ぐような監督だったから、すごい、、、なんていうのかな、、、それを証明したんじゃないですかね。だから、そうやって・・・。

先月発売された俊輔のDVD『SHUNSUKE NAKAMURA DVD BIOGRAPHY 2002-2005』の中で、俊輔が04-05シーズンのレッジーナを振り返ってそう言っていた。そう、マッツァーリ監督は証明したのだ。プロビンチャのクラブでもパスサッカーができるのだということを。
開幕から無敗だったユベントスに土をつけ、ローマに快勝し、強豪インテルを0点に抑え、ミラクルレッジーナと称されたシーズン前半戦。
パレルモ戦での俊輔のセリエ初流れの中でのゴール。キエーボ戦での素晴らしい直接FKでの得点。両方ともチームを救う決勝点だった。得点後のチームメイトの熱い抱擁とキス。サポの熱狂。
すごいよ、俊輔! すごいよ、レッジーナ!
嬉しくて、誇らしくて、涙が止まらなくて、興奮が冷めやらずに朝まで眠れなかったいくつもの夜。2年目が不本意なシーズンだっただけに、3年目は本当に楽しいシーズンだった。

何よりも嬉しかったのが、2年目まではどこかチームにフィットしきれていなかった俊輔が、完全に一つの重要な駒として機能していたこと。今までは見られなかった「チーム一丸となってがんばります」というコメントが俊メッセに何度も登場するようになったこと。チームとの一体感を味わいながら俊輔がのびのびとプレーできていることが嬉しかった。
もう一つ嬉しかったのが、しっかりとした戦術のある監督とも上手くやっていけるんだという発見。トルシエとの確執もあって、自由にやらせてくれる南米タイプの監督の下でしか力を発揮できないと思われがちだった俊輔が、マッツァーリ監督みたいな戦術オタクとの間に「蜜月関係」とマスコミに書かれるほどの信頼関係を築き上げたことが興味深かった。

「マッツァーリは選手に戦術を押しつけるようなタイプじゃない。最大の特徴は、まず選手の個性を知ろうとするところだね。選手の個性を最大限に生かせるような戦術を取るところに彼のすごさがあると思う。ほとんどの選手が自分の持ち味をフルに発揮できているからね。」(カルチョ2002の俊輔インタビューより)

監督について聞かれる度に「すっごく頭がいい。サッカーを良く知っているし、戦術眼がいい。自分と考え方が似ている」と繰り返していた俊輔。監督とは試合までの1週間、黒板を使って俊輔自身の課題とチーム戦術について話し合っていたそうで、レッジーナOHPでは「監督は1週間を通じてたくさんのことを教えてくれる」と語っていた。そして1年を通してマッツァーリ監督から授かった様々な強豪対策のノウハウを日本代表にいっぱい還元してくれたよね。

2005年コンフェデ前に放映された「THE PLAYER」という特番では、セリエの最初の2年間は自分のサッカー感覚が間違っているのかと悩んだこともあったけど、3年目は自分の感覚が間違っていなかったことを確認できたみたいなことを言っていた。番組内で「今季は良かった。楽だった。変な悩みとかなくて自分のサッカーだけに集中できた」と晴れ晴れとした表情でシーズンを振り返った俊輔。

俊輔に充実した1年を送らせてくれてありがとう。俊輔をシャドーの位置で使い、忘れかけていた得点感覚を喚起してくれてありがとう(得点は量産できなかったけど、ゴール前で競り合ったり、ゴール前で相手のマークを外す動きをしたり、ゴール前に走りこむ俊輔が見られるようになって嬉しかった)。守備に関してより具体的な指示をだし、守備力をアップさせてくれてありがとう。いつも俊輔のコンディションに気を遣ってくれてありがとう。サポにブーイングされたときに庇ってくれてありがとう。イタリア最後の年を、とてもいい形で締めくくらせてくれてありがとう。この1年で俊輔は大きく成長し、大きな自信を掴んだと思う。

Thank you again for everything you did for Shunsuke. We will never forget you.
南イタリア遠征記2005 | Comments(17) | Trackback(0)
2006/04/28

九日目:俊輔と一緒に帰るはずだったのに・・・

5月24日(火)曇り?(あまりに朝早くて天気が分からず・・・)

6時35分レッジョ発ローマ行きのフライトに間に合わせるため、5時15分にタクシーを呼ぶよう前もってフロントに頼んでおいた。だけど私たちのお抱え運転手のアントニーノは時間通りに来たためしがない。ちゃんとフライトに間に合うのだろうか。大きな不安を抱えながら荷物を持ってフロントに降りていくと、既にタクシーがホテルの前で私たちを待っていた。アントニーノ、やる時はやるじゃん!と思ったら、ドライバーは若いお姉さん。だよね、アントニーノがこんな朝早く来るはずないよね。(笑)
早朝なのでフロントにはルチアもマッザーリ発音講座の兄ちゃんもいない。帰る前に一言お別れの挨拶をしたかったなあ。。。
昨夜のうちにチェックアウトの手続きをしておいたので、そのままタクシーに乗り込んでホテルを後にした。まだ眠っている街中は人も車も少なくて閑散としており、5時半には空港に到着。早朝割増料金らしく、お姉さんドライバーに25ユーロ請求された。

チェックインカウンターで搭乗手続きをして、小さな待合室でワクワクドキドキしながら俊輔の登場を待った。そう、何を隠そうレッジーナの残留は決まったものと勘違いしていた私は、俊輔も私たちと同じ便で日本に帰るものだと勝手に思い込んでいたのだ。
待合室に入ってくる人影が見えるたびにソワソワ。「俊輔と席が近かったらどうしよう」と頭の中で機内での俊輔との遭遇をシミュレート。いろいろなパターンを想定して一人でニヤニヤ。もうほとんど病気の世界。(爆)
だけど、いつまで経っても俊輔は現れなかった。変だなあ。もしかして、昨日帰っちゃったのかな?

8時にローマに到着。売店でガゼッタ・デロ・スポルトを購入して、その時初めてレッジーナの残留が決まっていないことを知った。残留を争っているそれぞれのチームが最終節で勝った場合、負けた場合、引き分けた場合の残留の可能性が数字と記号で分かりやすく表に記されていたので、イタリア語がチンプンカンプンの私たちにも簡単に理解できた。それによるとレッジーナの残留の可能性はかなり高い。これなら余程運が悪くない限り残留できるから、きっと俊輔は日本に帰してもらえているはず。と、あくまでも俊輔の早期帰国を疑わなかった私。
ところが、ローマで約5時間のトランジットを過ごした後(ゆっくり朝食を食べて、免税店で遊んでいたら割とすぐに時間が経った)、成田行きの機内にあったスポーツ新聞を見て愕然とした。

俊輔まだレッジョにいるの?!

あらら、マッツァーリ監督、帰してくれなかったんだ・・・。いくら残留の可能性が限りなく高いとはいえ、もしものことを考えると、大事な得点源である俊輔の左足を手放せなかったのね・・・。
あーあ、今年の遠征は俊輔がレッチェ戦後すぐに帰国すると思っていたから、日本食の差し入れを持ってこなかったのにな。こんなことなら持ってきてあげればよかったな。と、かなりズレたところに思いを馳せる私であった。(笑)
どうでもいいけど、確かこの時手にしていたスポ新の一面は後ろ足二本で直立するレッサーパンダの風太君。日本は平和だよね。いや、南イタリアも負けないくらい平和だったけどさ。(笑)

機内は空いていたので乗客全員が一人で3人掛けのシートを独り占め。思い切り横になって寝まくった。
そして、ほぼ定刻通り朝8時半に成田に到着。ロスバゲもなく、つつがなく旅の全てが終了。
Iちゃん、お疲れさまでした。むちゃくちゃ楽しかったね。旅の楽しさを倍増させてくれたIちゃんに感謝。
そして、長いこと南イタリア遠征記2005にお付き合いくださった皆さんにも特大級の感謝を。

※この後、南イタリア遠征記番外編その1、その2へ続きます。
南イタリア遠征記2005 | Comments(2) | Trackback(0)
2006/04/23

八日目⑥:最後の夜

明日早朝のフライトでレッジョを発つので、後回しにしておいたお土産を買い揃えねば!
ということで、去年も行ったガリバルディ大通りの酒屋へ行ってリモンチェッロ(レモンのお酒)の小瓶を大量購入。その帰りに大通り沿いにある公園で一休みした。
木陰のベンチに腰掛けていると、歯のないお爺ちゃんが近づいてきた。ニコニコしながら何やらフガフガ言っている。何言ってるのか分からないので、こっちもニコニコしてあげると、嬉しそうにフガフガ言いながら離れていく。レッジョのお爺ちゃんは本当にかわいいなあ。
大木の下にはテーブルが3つあって、そのうちの1つで暇そうなお爺ちゃんたちがトランプに興じていた。賭けポーカーでもやっているのだろうか。しばらくすると、いつの間にか2つ目のテーブルでも人だかりがしていて、やがて3つ目のテーブルもお爺ちゃんで一杯になった。
「あっという間にお爺ちゃんがたくさん湧いてきたね」というIちゃんの表現がぴったりな昼下がりの公園の風景。レッジョのお爺ちゃんたちは毎日ここで暇を潰しているのね。

時間と共に湧いてくるお爺ちゃんたち

それからホテルの1ブロック裏にある大規模なスーパーマーケットへ行った。俊サポのいるスーパーはコンビニサイズの小さい店だけど、ここは巨大で品揃えが抱負。パスタ売り場だけでも相当な広さで、リボンの形、貝の形、耳たぶの形等々、様々な形のパスタが陳列棚に並んでいる。色も赤かったり緑だったり、サイズも大中小と各種取り揃えてある。パスタソースのレトルトパックもバリエーション豊かで美味しそう。それに値段は空港の免税店の半額以下。ここで買わなきゃ損だということで、私たちのカートは各種パスタ&ソースで一杯になった。これ全部スーツケースに収まるかしら?(汗)
ホテルに戻って必死に荷造り。夜までに何とか荷物をまとめた。

イタリア最後の晩餐は、またしても「LE PALME」。だって、帰る前にここのムール貝をもう一度食べたかったんだもの。店に入るといつもの金髪のお姉さんが「あら、今日も来たわね!」という感じで噴出した。すっかり顔を覚えられちゃったよ。(笑)
過去2回は比較的空いていた「LE PALME」だけど、今夜は既に半分以上が埋まっている。レッジョでは月曜日が外食デーなんだろうか?
初日とまったく同じ物(ムール貝のワイン蒸し、ボンゴレ・ビアンコ、カジキマグロのソテー、野菜サラダ、シチリア産白ワイン)をオーダーした後で店の中を見渡すと、今日はブラジル君が非番のようでいなかった。彼にはあまり会いたくなかったから良かったよ。
チビマメ君はすぐに私たちのテーブルにやってきた。「また来てくれたね!」と満面の笑みを浮べるチビマメ君。とってもとっても嬉しそう。この日は店が混んでいたのでゆっくりと話はできなかったけど、通りかかるたびに何か一言声を掛けていってくれた。本当に優しいね。

私たちがボンゴレ・ビアンコを食べているときに隣のテーブルに総勢8名の家族連れがやってきた。その中に小学生位の男の子が二人いたのだけど、例によって二人とも口をあんぐりと開けてIちゃんに見とれている。「そんなにジッと見られたら食べられないじゃん・・・」と苦笑するIちゃん。二人はそのまま携帯電話のカメラでボンゴレ・ビアンコを食べるIちゃんの撮影会に突入。イタリア人の男の子たちはIちゃんを見るとみんな同じ反応をするから笑ってしまう。
いつまでたっても席に着かないのでお父さんが叱りつけ、ようやく二人は渋々Iちゃんから離れていった。すると今度はお父さんが「ジャポネーゼ?」と話しかけてきた。そうだと答えると、何を食べているのか聞いてくる。「ボンゴレ・ビアンコ」と答えると「ヴォーノ?(美味しいか?)」とお父さん。「ヴォーノ!」と答えると満足そうに笑顔で頷き、家族全員に「ジャポネーゼがボンゴレ・ビアンコを美味しいと言っているぞ!」と報告していた。いや、もう、大人も子どもも日本人に興味津々なんだね。(笑)
男の子二人に俊輔の代表トレカを一枚ずつあげると、弟の方にカードの裏に書いてある俊輔のバイオデータや代表戦績をイタリア語で読んでくれとせがまれた。

・・・無理だよ。そんなこと私に頼むなよ。

あくまでも英語を貫く私に「ノー、イングラーゼ!イタリアーノ!(英語じゃなくてイタリア語で!)」と偉そうに要求してくるクソガキ。そんな憎たらしいクソガキの写真はこちら。(笑)

レストランで会ったクソガキ

写真といえば、今日こそ料理の写真を撮ろうと思っていたのに、この日もあまりの美味しさに我を忘れて食べまくっていた私たち。結局カジキマグロのソテーしか撮れなかった。しかも、ナイフで半分に切った後だし・・・。読んでいる皆さんに少しでも美味しさが伝わるかしら?

シンプルな味付けのカジキマグロのソテー

お会計を済ませた後、忙しそうにテラス席と店内を行ったり来たりするチビマメ君が通りかかるのを店の外で待った。店舗とテラス席の間には割りと広い道路があるのだ。
料理を運び終わって戻ってきたチビマメ君に「明日日本に帰るの」と告げると「ノー!」と眉尻を下げて寂しそうな顔をする。3人で別れを惜しんでいたら、道路の向こう側から怒鳴り声が聞こえてきた。店内から誰かがサボっているチビマメ君を怒っているようだ。すると負けずに怒鳴り返すチビマメ君。「今、大事な話しをしてるんだよ!」みたいな事を言い返したんだと思う。しかし、すぐさま優しい笑顔を私たちに向けて「またレッジョに来てね。レッジョに来たら必ずこの店に来てね。約束だよ」と手を差し出してきた。握手するのかと思ったら、そのままハグされて、イタリア式の片頬ずつ合わせる挨拶を交わした。Iちゃんとは特に切なそうに挨拶を交わすチビマメ君。そして、凄く忙しいのに私たちの姿が見えなくなるまで手を振って見送ってくれた。これにはかなりグッときた。
「こんなに遠くの人じゃなかったら付き合ってあげてもよかったのに」と、帰り道に冗談とも本気ともつかないことをつぶやいたIちゃん。わかるよ、その気持。あんなに優しくされたら心が揺れるよね。
もう一度レッジョに行ったら絶対に会いに行くよ、チビマメ君。約束するよ。

写真だと老けて見えるけど、割と若いと思われるチビマメ君

南イタリア遠征記2005 | Comments(5) | Trackback(0)
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